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◇◇◇
ユウヒたちと3人のプリスマ・カーオスとの戦いに決着がつく少し前。
【エニグマ・フィールド】の外では、ヒバナたち5人のスライムたちも風の霊堂を背に数十体にも及ぶ邪族、プリスマ・カーオスたちと戦闘を繰り広げていた。
また、ヒバナたちが知ることではないがここと同様に風の霊堂周辺においても、邪魔たちが一斉に風の霊堂に向かって押し寄せてきているため、戦闘が勃発している。
とはいえ、戦況は人間側が優勢だった。
風の霊堂を防衛するために王国軍に加えて冒険者と聖教騎士団を派遣したことで十分な戦力を用意していたことが功を奏したのだ。
邪族に関しても、最初は警戒して隔離されたユウヒとコウカのことを心配していた彼女たちも、この程度であれば2人でも問題ないだろうと考えるようになっていた。
「あいつら、弱いわね」
「普通の人間たちは苦戦しているみたいだけどね」
ヒバナに言葉を返したシズクが見たのは、この周辺の防衛を任されている人間たちだ。
彼らはこの騒ぎに駆け付け、加勢を申し出てくれた者たちである。
その勢いに圧されて頷いてしまったものの、はっきり言ってこの敵味方が入り乱れて戦う乱戦状態では周囲に気を遣って戦わなければいけないこともあり、彼らの存在はシズクたちの戦いの邪魔になってしまっているのだ。
彼らは要所に配置されているだけあり、優秀な者たちが集まっているのだが邪族との戦いにおいては純粋に力不足を否めない。
「それでもあの子は嬉しそうに戦うわね。人間たちがいないほうが戦いやすいでしょうに」
「ダンゴちゃんは頑張っている人を見るのが好きだから、つい張り切っちゃうんだよ。アンヤちゃんもね」
「こればかりはあんまり共感できないわね」
隙を見ては少しずつプリスマ・カーオスを倒しながら、2人は会話を交わす。
身内に不利となるのなら迷いなく他者を切り捨てるであろう2人とは対照的に、ダンゴとアンヤは間違ってもそのような手段を取ることはないだろう。
「もう~駄目ですよ~ヒバナお姉さまも~シズクお姉さまも~。前に~理解してあげたいって~言っていました~」
「理解はしているわよ。ちゃんとね」
叱るような口調ではあるものの、ノドカは本気で咎めようとはしていなかった。これは彼女なりのじゃれつきだ。
それがヒバナにも分かっていたので、魔法を放つ片手間にノドカへと手を伸ばすと、表情は一転しその手に縋りつくように甘えてくる。
そんなじゃれ合う2人に真面目な表情のシズクが問い掛ける。
「ねえ。2人はあの邪族たちをどう思う?」
「どうって?」
「必死さが感じられないというか、いくらなんでも手応えがなさすぎだと思わない? 1体も死ぬことを怖がる素振りを見せないし、倒しても体が残らずに消えていくのは変だと思うんだ」
「そう、ね。……たしかに奇妙だと思うわ。あいつらは仲間が簡単に片付けられても、動揺すら見せない」
プリスマ・カーオスという存在。一体一体はそれぞれ異なる姿を持ち、別々の戦い方をしてくるのだが、彼らに共通していることが1つある。それはまるで死ぬことを厭わないように戦うことだ。
例え自分の仲間が倒れようとも、そちらの方が相手に打撃を与えられるなら迷わずその選択を取ってくるのだ。
「あの人たちに~感情が無いわけでは~ないと思います~。でも~やっぱり~怖いとは~思っていないみたい~」
2人の言葉を聞いて、シズクは神妙な面持ちで呟く。
「無いものを怖がる必要はない……多分、あいつらはこれじゃ死なないんだ」
「幻か何かってこと?」
「ううん。あいつらの正体は分からないけど、あの嘘つきは『あたしたちがプリスマ・カーオス』だって言ってた。それを信じていいのか微妙なところだけど、もしそれが本当ならあれも全部プリスマ・カーオス。あれがそういう存在だとしたら、どこかに本体でもいるのかも」
シズクは様々なジャンルの本を嗜んでいる。
当然、物語も含まれており、その中には登場人物として似たような存在も登場していたのだ。
「あの時の言葉に~嘘はなかったと思います~」
「だそうよ。もしシズの推測が当たっていたら、これって骨折り損のくたびれ儲けね」
ここぞとばかりにユウヒから教わったことわざを披露するヒバナにシズクが頬を膨らませる。
「むぅ……それ、今あたしが言おうと思っていたのに……」
「別に誰が言ってもいいでしょ。これくらいでむくれないの」
そう言って、ヒバナはシズクの頬を両手で挟み込む。
「よしよし~」
妹のノドカにまで撫でられる始末である。
こんな呑気なやり取りができるのは余裕の表れでもあった。先ほどから邪魔の増援も現れ続けているが、今さらその程度の相手に苦戦するような彼女たちではない。
そうして、このまま戦火が収まっていくと考えていた彼女たちであったが、戦場で突如起こった予想だにしていなかった変化には思わず目を見張った。
「は……?」
「ダンゴちゃん……どこに行くんだろう」
人間側に援軍が現れたかと思えばその少し後にダンゴが戦闘を放棄して、走り去ってしまったのだ。
向かった方向はテサマラの街がある方面。しかし、何の理由もなく途中で戦闘を放棄するなどダンゴがするとは思えなかった。
それほどの何かがどこかで起こったのだ。
「ノドカ、会話は拾えないの?」
「やってみます~……ん~……街~……襲撃~……」
「街が襲撃されたのね……!? あの子が飛び出していくわけだわ!」
断片的な情報から判断したヒバナはすぐさま行動に移すと、最前線となっている場所に向けて走り出した。
それを見て、次に行動を起こしたのはシズクだ。
「ノドカちゃん。あたしも追いかける。ノドカちゃんはあそこから脱出したユウヒちゃんたちにこのことを伝えて!」
「わ、わかりました~! 気をつけて~!」
「うん、ノドカちゃんもね!」
彼女はノドカに指示を飛ばすとヒバナを追いかけていった。
一方、ダンゴが抜けた戦場では数で勝るはずの人間側の圧倒的な優勢が崩されつつあった。
アンヤがどうにか抑えようとしているが、彼女の体は1つ。とてもじゃないが広く分散した敵に対応することはできない。
そこに杖を携えたヒバナが参戦する。
「あなたたち、一旦ここから離れてなさい!」
周囲まで被害をもたらすことが多いヒバナの魔法はこの乱戦状態では少々使いづらい。
そのため、人間たちを退かそうとしていたのだが――彼らも頑なだった。
王国の兵士が叫ぶ。
「あの方はここを離れられない我々の代わりに行ってくださったのです! ここは我々が何とかいたします! だから!」
「あーもう! そういうわけにはいかないのよ! あんたたちが死んだらあの子が悲しむじゃない!」
会話からダンゴが離脱したのは彼らの要請を受けたからだとヒバナは判断したが、だからといってこの場所を自分まで放棄するのは違う。
(ダンゴはこいつらに任せた。きっと想いを託されたのね。でもあの子のことよ、迷った末の判断だったはず)
仕方がないからと小を切り捨てて大を取るような性格ではない。むしろどちらも救いたいと願う少女なのだ。
それを姉であるヒバナはよく理解していた。
(だったら、私がそれを手伝ってあげなくてどうするのよ)
決して赤の他人を救うための戦いではない。動機はすべて家族のため。でも、だからこそ今のヒバナは強い意志で事に当たろうとしていた。
そこに現れたシズクにヒバナは顔を向けることなく呼びかける。
「シズ! 人間たちの保護、できるわね!」
「うんっ、当然!」
両者が背中合わせになるように並び立ち、それぞれの利き手で愛杖を構える。
そしてもう片手ではそれぞれの魔導書を開いていた。
「環境の保護はどうしようか」
「その辺りはノドカが上手くやってくれるわよ」
「あははは、ひーちゃんってば悪いんだ」
会話を交わしているうちに魔法の構築は終わった。後は放つだけだ。
ここで放つのは戦場に展開している敵を一掃するための魔法。
「焼き尽くしなさい、【ブレイズ・ウェイブ】」
「【アクア・フィルム】【アビス・シールド】」
それは周囲一帯を駆け抜ける燃え盛る炎の波だった。
当然、そのままではこの場にいる人間たちも無差別に飲み込まれるがそこはシズクの魔法でカバーする。
熱を遮断するフィルムと熱と炎から守る防御魔法だ。汎用性に欠ける分、対火属性魔法としては抜群の防御性能を誇る。
それをシズクは自分たちとアンヤ、人間たちの周囲のみに展開する。
影に隠れて炎の波から逃れようとしたカーオスたちだったが、炎に照らされて影を失ったことで一瞬にして消滅していった。
「たまには思い切りぶっ放すのも悪くないわね」
「いいなぁ。あたしも思いっきり魔法が使いたい」
「その時は私とノドカで手伝ってあげるわよ」
会話をしながら未だに燃えている場所を消火したのち、熱が去ったのを確認するとそこで初めてシズクは全ての魔法を解除した。
今回は緊急事態であったのでこのような手段を取ったが、こう何度も手間が掛かるのは少々面倒臭く感じているようだ。
突然、周囲が水に覆われたかと思うと炎が襲来してきた人間たちは動揺していたが、それがヒバナとシズクの仕業だと分かるとホッと息をついていた。
「思ったよりも被害は少ないわね。ノドカが対応してくれたみたい」
「打ち合わせなしだったから、焦っただろうね……ノドカちゃんも」
周囲を見渡しながら、自然環境への被害を確認すると円形の焦土が広がっていたくらいでそれ以上は大きな被害はないようだった。ノドカが風の結界【リフレクション・ウインド】で守った証だ。
この直後、打ち合わせなしで大型の魔法を使われたことに対して、流石に焦ったノドカが風魔法で抗議の声を伝達してきたので、ヒバナたちは軽く手の平を掲げて詫びる。
そして近くまで来ていたアンヤへと呼びかけた。
「アンヤ、私はシズと一緒にダンゴを追いかけるわ。あなたも来るでしょ」
「……行く」
ヒバナはアンヤの目に宿っている強い意志を感じ取り、当然だろうと頷いた。
さらに彼女へ注意点をよく言い含めておくことも忘れない。
「あなたの方が私たちよりも早く動けるだろうけど、先行は禁止よ」
「え……でも」
「すぐに向かいたいのは分かる。でもどんな相手か分からないのに単独で動くのは危険なの。わかって」
「……わかった」
ヒバナは納得していない様子を隠しきれていないアンヤの頬を撫でた。
そして傍にいたシズクは彼女の不安が少しでも解消するようにと、目線を合わせて微笑みかけた。
「大丈夫。あたしたちが向かうまでダンゴちゃんが頑張ってくれるよ。ダンゴちゃんだって絶対に負けないくらい強いのはアンヤちゃんも知ってるでしょ?」
少しだけ張っていた気が和らいだように感じられるアンヤが頷く。
すぐに向かいたいという彼女の気持ちを汲んで、ヒバナたちは急いでテサマラの街へと続く道を駆けていった。
◇◇◇
(ボクが皆守ってみせる。あの人たちの代わりに!)
ダンゴは森の中を全速力で駆け抜ける。この国の兵士に託された想いを背負って。
そうして森を抜け、草原を走っていると彼女の目が街から立ち昇っていく煙を捉えた。
――街を襲っている存在さえも。
ダンゴがその姿を捉えた時、彼女の目は大きく見開かれることになる。
「あいつ……あの時のッ!」
黒光りするゴーレム。それも30メートルクラスの巨体だ。それが街を蹂躙する敵の正体だった。
そしてそれはダンゴが一度戦ったこともある相手と酷似していた。
ミンネ聖教国が邪魔によって包囲されたとき、ダンゴは聖教騎士団と共にそのゴーレムと戦い、勝利している。だがその時の相手は精々その半分のサイズだった。
それに今回はそのゴーレムだけではなく、2メートルほどの小型のゴーレムまで随伴している。さらにその小型のゴーレムに関しては1体どころではなかったのだ。
街の防衛に当たっている戦力の大半はそれらのゴーレムと交戦し、大型のゴーレムに対応できていない。そのせいで街の被害は大きくなってしまっている。
今もゆっくりと風の霊堂方面に向けて進行する巨大ゴーレムの道中にはいくつもの人工物がある。
大きな建物の前に差し掛かった巨大ゴーレムは進路を確保するために建物を破壊しようと右手を振り被った。
一撃でいとも容易く壊された建物の真下には避難が遅れた市民たちがまだ多く残っている。そんな彼らの頭上に無情にも大きな瓦礫がいくつも落ちていった。
悲鳴が街中に木霊する。
「やめろーッ!」
だが間一髪のタイミングで瓦礫と市民たちの間にダンゴが割り込んだ。
右手に持った鈍器で瓦礫を粉砕し、岩の壁を隆起させることで破片から彼らを守る。
砂埃が辺り一帯に舞っている中、ダンゴは恐怖の最中にいる市民たちを守り続けた。
そして視界が晴れた時、ダンゴは周囲の光景を見て息を呑む。
数時間前まで世代を超えた人々が笑い合っていた広場も、人が生活を営んできた家もそのゴーレムが通った場所にあった全てが破壊し尽くされている。
そしてそこには幾つもの血だまりと見るも無残な亡骸たちが残されていた。
だが冷酷な殺戮者はそれらに対しては何一つとして関心を向けることはない。
「どうして……」
ゴーレムが歩くたびに大きな揺れが襲う。腕を振り回すだけで何軒もの建物が破壊され、人も死んでいく。
街の中は今、逃げ惑う者たちの悲鳴と必死に戦い続ける音があちこちから鳴り響いていた。
「どうして……こんなことをするんだ……」
全てを踏みにじり、今も凄惨な光景を生み出している相手にダンゴが抱いたのは大きな怒りだ。
その怒りは守ろうと戦う者たちの想いさえ届かない無慈悲な現実にも、そして彼らの想いを預けられた者として守ろうとしても守り切れない自分自身にも向いていた。
「どうしてこんなことができるんだッ!」
ダンゴは巨大ゴーレムに向かって駆け出す。
巨大ゴーレムの後ろには、それに追従しながら片手間に殺戮を続ける小型のゴーレムたちの姿もあったが、ダンゴはそれらを怒りに任せて叩き潰しながら進んでいく。
それでも間に合わず、街を守ろうと戦う者たちや非力な者たちが目の前でその命を散らす光景も目の当たりにしたとしても、彼女は進み続ける。
自分たちだけでも逃げるという選択も取れるというのに、それをしないで力なき者たちを守るために戦い続ける者たちの強い意志を無駄にしないためにも。
「お前たちは……ッ! お前たちなんて全部潰れてしまえよ!」
目指す先にいるのは一番の脅威である存在だ。
視界に入らないところにも小物はまだまだいるだろう。それはダンゴも理解するところではあったが、より多くを守るために一番の被害を生み出す存在を潰すことを優先した。
できることなら全てを守りたいがそれはできないのだ。
気付けばダンゴの頬には涙が伝っていた。
「それ以上、何も壊すなッ!」
崩れかけた建物を飛び移りながら、ダンゴは巨大ゴーレムを飛び越える勢いで跳躍する。
その手の中にあるのは身の丈を超える巨大なハンマーだ。
「【ガイア・ストライク】!」
巨大ゴーレムの頭部を目掛けて上からハンマーが振り下ろされる。それもダンゴの眷属スキル《グランディオーソ》により硬度と質量を強化した攻撃だ。
その攻撃はゴーレムの装甲を打ち破り、頭部にハンマーがめり込んでいく。
――だが届かない。
巨大ゴーレムは自身を傷つける小さき者に対して、その巨大な腕から繰り出される強烈な打撃を浴びせ、遠く離れた地面へと叩き落とした。
「うわぁぁああ!」
強化していたおかげで彼女自身に外傷はなく、すぐさま体を起こすことはできた。
だがその直後にダンゴが見たのは、先程の攻撃で怒りを抱いたのか開いた胸の装甲から迫り出した巨大な砲門を街へと向ける巨大ゴーレムの姿だった。
一瞬、ダンゴの思考が停止する。
(ッ、まずい……!)
巨大ゴーレムが強大な魔力を圧縮する気配を感じる。
ハッキリとしたことは分からないが、アレを撃たせてしまえば街はただでは済まないという予感がダンゴにはあった。
すぐさまその攻撃から街を守るために動き出そうとするダンゴだったが、その時彼女の目はそれとは別に逃げる市民の集団へと襲い掛かる小型ゴーレムの群れを見てしまった。
逃げ遅れた彼らは抗う術を持たない者たちだ。それに運が悪いことにそれらから市民を守る者たちは近くにはいない。
――ダンゴただ一人を除いて。
「助けてーッ!」
今も巨大ゴーレムの中で膨れ上がる大きな魔力はそれが解き放たれるまでの時間がほとんどないことを示唆していた。
すぐに向かわなければ多くの人が死ぬ。でも目の前には今まさに助けを求める人々がいる。
――尊い意志の残響がダンゴの心を揺さぶり続ける。
『どうかテサマラの街を、人々を――』
その時、不意にダンゴの視線が別の視線と交差した。
それは小さな子供のものだった。その子供は恐怖に染まった目で、大きな力を持つ希望へ手を伸ばす。
『我らの想いを――』
浅い呼吸を繰り返すダンゴは震える唇を動かして1つの言葉を紡いだ。
――ごめん、と。
巨大ゴーレムに向けて走り出したダンゴはイノサンテスペランスを杖へと変え、去り際に魔法を発動させる。
それは力を持たない者たちを守る岩の壁だ。だが、どのみちそれも一時しのぎにしかならないだろう。
その壁が防壁としての機能を失った時、彼らの希望は潰える。そこに待つのは絶望だけなのだ。
(……ボクの手はこんなにも小さい……こんな手じゃ、全部なんて掬い切れないよ……ッ)
だが悲劇はそれだけでは終わらなかった。
ダンゴが辿り着くよりも早く、巨大ゴーレムが砲撃のチャージを終えてしまったのだ。
「あ……あぁ……!」
ダンゴはまだ巨大ゴーレムの元へと到達できていない。
無情にも迸る熱線が街に向かって放たれる――が、その正面で巨大な岩の壁が隆起してその射線を遮った。
杖にしがみ付いたダンゴは唯々懇願する。
「止まれ……止まってッ!」
高大な熱量に晒された岩の壁はジワジワと融解を始めていた。
それを確かな感触として理解していたダンゴの心は暗い絶望の淵へと沈んでいく。
(ボクのせいだ……ボクが余計なことをしたから……)
そして熱線が今まさに壁を突き破ろうとした――その時だった。
突如飛来してきた凄まじい勢いを持った水流が熱線の反対側から岩の壁に衝突したのだ。その直後に岩の壁が壊れたかと思うと、今度は轟音と共に大きな揺れが街中を襲う。
「なに……?」
ダンゴは地面に膝を突き、目の前の光景を呆然と見つめていた。
熱線は空高くへ向かって放たれている。
理由は実に簡単なもので、その発射元である巨大ゴーレムの体が仰向けに倒れていたからだ。
「助かったの……?」
「……見つけた……!」
「っ、アンヤ?」
駆け寄ってきたのはアンヤだった。
彼女はダンゴの傍でしゃがみ込むとその顔を覗き込み、僅かに眉間に皺を寄せた。
「……ひどい顔」
「な、なんだとぉ!?」
条件反射で言い返したダンゴだったがその顔はすぐに萎びていき、覇気のないものへと変わる。
「アンヤの言う通りだわ」
そこへ新たに現れたのはヒバナだ。
彼女もアンヤと同様にダンゴの傍で膝を折るとその汚れた頬をローブの裾で拭う。
「姉様……ボク……」
「そんな顔しないの。心配したんだから」
ヒバナは今にも泣きだしそうな妹の頬へ手を置いた。
それが起因したのか、ダンゴの目から涙が零れ落ちる。
「ボク……何もできなかったんだ……守りたかったのにっ……あの人たちにも想いを託されたのにっ!」
「何もできていないわけないじゃない。あなたが壁を作ってあの砲撃を防がなければ、シズも間に合わなかった。あなたは確かに街を守った、街の人たちに希望を与えたのよ」
「でもぉっ! そもそもボクが余計なことをしたからあんなことになったんだよっ! それにボクは見捨てたんだっ、あの子を……あの人たちをッ!」
泣き崩れるダンゴをヒバナは抱きしめた。そしてあやすように彼女の背中を擦る。
「あなたが理由もなく見捨ててしまえるような子じゃないことはよく知ってるわ。だからこんなにボロボロになるまで頑張って……そんなに大きいものを1人で背負おうとしたのね」
「だって……託されたんだもん……っ」
「そうね。でもあの人たちだってあなた1人に背負わせたかったわけじゃないのよ」
「……え?」
ダンゴに対してはどこまでも優しかったが、ヒバナはここにいない誰かを恨めしそうに睨んでいた。
「あいつら、あんたが人の想いを人一倍大切にするやつだって知らないから、無責任に想いを投げつけてきただけなのよ。それをあんたは大真面目に全部拾ったうえで背負おうとした」
今、ヒバナの胸中にあるのは複雑な想いだ。
ダンゴの為そうとしたことは純粋で、尊いものなのだろう。しかし、それで傷ついてしまうのなら捨ててほしかったとすら考えてしまう。
だがそんなことをしてしまえば、彼女はヒバナの知るダンゴではなくなってしまうという確信もあった。
だからただ、優しく告げるのだ。
「それを否定するつもりはないけどね。いくらあんたが力持ちでも、一度に持てる荷物の量には限りがあるでしょう? だから持ちきれなさそうな分くらいは……私たちが持ってあげるわよ」
「でも、姉様は……」
「そりゃあ、別に他人の想いとかは知ったことじゃないけど……あなたが大切にしている物を投げ出すようなことはしないに決まっているでしょ?」
ダンゴが目を見開く。
最早彼女の涙を止めるものは何もなかった。
「まあ今回、あなたが1人で頑張ろうとしたのは今までそれを示してあげられなかった私たちの責任ね」
「……ぅぁ……っ」
「だから今日ここで証明するの。小さい奴はあなたのお姉ちゃんと妹で潰してきてあげる。あなたが守りたいと思う人たちだって守ってあげるわ。だからダンゴ、あなたはあのデカブツにトドメを刺してきなさい」
「……ありがとう……っ!」
ぽんぽん、と数回ダンゴの頭を叩くとヒバナは体を離した。そして、アンヤに声を掛けると霊器“フォルティア”を手に駆けだす。
それに追従しようとしたアンヤだったが、何を思ったのか不意に立ち止まると自身の肩越しに声を掛けた。
「……そんな顔、似合わない」
「アンヤ……」
「……一緒に……頑張ろう」
「……うんっ!」
多くを語らないアンヤではあったが、彼女の想いは確実にダンゴへと伝わっていた。
彼女はそれだけ告げると、救うための一歩を踏み出した。
そしてダンゴもまた、涙を拭い去ると沈黙を突き破ろうとしている巨大ゴーレムへと向き直った。
もう彼女の目には迷いも絶望もない。
あるのは他者の意志と向き合う自分自身の強い想いだけだった。