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第3話:ノイズレイン
「この街、最近ずっと“晴れてる”じゃない?」
それが、コウ・ライの最初の違和感だった。
都市型ドラックミュージックに支配されたエリアでは、**“感情天気”**が乱れることはない。
住民が笑っている限り、空模様は晴れのまま。
でも、それが怖かった。
ライは18歳。肩までの黒髪を三つ編みにして束ねている。
細身の身体に、電子部品のチップを縫い込んだ白いジャケット。
背中には、十数本の音源コードを挿せる“ライブボード”を背負っている。
彼は、違法EDMスタジオ《O:N》の契約作曲者だった。
「今日の収録、ノイズ多めでいい?」
声をかけてきたのは、同じスタジオのオトノミ・レタ。
短く刈られた金髪に、赤いイヤーカフ。瞳の色素が抜けかけたような白灰色。
彼女は、EDM音響設計士。ライの“補正者”だ。
EDM作曲者たちは、ドラックミュージックと真逆の環境で育つ。
**“喜びや快楽を表現しない訓練”**を受け、
波形と位相を感情でなく“計算”として認識する文化を叩き込まれる。
スタジオの地下では、EDM音源がひとつ作られるごとに、試聴室の中で1人が倒れる。
それを測定し、「使用不可音源」として記録する。
**それでも、EDM文化の中では“死”は失敗ではなく“完成の副産物”**とされる。
「……ドラックミュージックってさ、
すっごい軽いのに、深く刺さるじゃん?」
レタはぽつりと呟いた。
「昨日、駅のスピーカーから“City_Emotion_04(市販ドラックBGM)”流れててさ。
全員が同じタイミングで微笑んで、涙流してた。気持ち悪かった。
わたしは……怖くて、笑えなかった。」
ライも黙って頷いた。
“作られた感情で笑い続ける社会”は、どこか静かに崩壊していた。
その日、彼らが収録したEDM音源は、
**「ノイズレイン」**というコードネームがついた。
それは、感情のない雨の音だけで構成された死の旋律。
再生時間は21秒。
聴いた者は、涙を流すだけで死ぬ。
でもその涙は、
感情によるものではない。
“音”が勝手に流させているだけ。
ライは完成音源を見つめながら、レタに聞いた。
「……俺たちって、さ。
泣いてるんだと思う? 音が泣かせてるだけかな?」
レタは答えなかった。
ただ、彼女の左目に光る涙のあとが、
音よりも正直だった。
🌀To Be Continued…