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「こんにちは。良かったら中、見ていきませんか?」
「あ……いや……。はい、お邪魔します」
少し緊張した面持ちで、彼が僕の店に足を踏み入れる。
スーツが似合いすぎる背の高い彼が、店の外からガラス越しに商品を覗いていたのは、今日でたぶん二回目だ。
「何か気になるもの、ありましたか?」
「あ、いや、えっと……柄とかはまだきちんと見れてないんすけど。ちょっといい下着って、意外と贈り物にいいなって思って」
「そういうお客様、多いんですよ。以前いただいたものが履きやすくて買いに来ました、なんて言ってくださる方もいたりして」
「やっぱり? よかったぁ……。俺の感覚、間違ってないんだ」
さっきまで心配そうに強張っていた顔が、ふにゃりと緩む。
……笑うと、すごく可愛い。クールに見えて、本当は素直な人なのかもしれない。
「じゃあ、今日は贈り物用に?」
「あ、はい。上司が結婚するので、ご祝儀に添えるちょっとしたお祝いにいいかなって」
「……あ、すみません。うち、男性用の下着しか置いてなくて」
「あ、そこは大丈夫です。男性のカップルなので。やっぱり、自分じゃ選ばないような柄の方がプレゼント感ありますかね?」
え……。
今、さらっとすごいこと言ったよね? 男性カップル? 上司が?
言いやすい世の中になったとはいえ、みんななんとなく隠したりするものじゃないの? 苦手な人だって、まだまだ多いはずなのに。
「これ、すごく可愛いですね。ちょっと崩れたイラストのくまさん。俺、こういう変で可愛いの大好きなんすよね」
「あ! これ、僕がデザインしたんです。僕、くまさんが大好きで」
「えっ、すごい! デザインまでしちゃうんですか?」
「ちなみに、このお店の内装も僕が……! 森の中の小さなお家みたいに、僕の描くイラストのイメージを形にしたくて。あ……ごめんなさい! お客様相手に自分のことばっかり」
いけない。こんなイケメンに褒められて、つい興奮してしまった。
またお客さんを置いてけぼりにするところだった。
「……もしかして。その若さで、このお店のオーナーだったりします?」
「……はい。一応」
「まっじかよ……。やっぱ『そっち側』の人かぁ。なんか他と違うと思ったんすよ」
――ドクン、と心臓が跳ねた。
バレた……? そりゃあ、そうだよね。男が男の下着専門店なんて出してるんだ。
普通の人から見れば、僕は『そっち側』――ゲイ以外の何者でもない。
「あ、えっと……。贈り物、どれになさいますか?」
「もちろん、このくまさんで。あとは……うわぁ、可愛いのが多くて迷っちゃいますね」
動揺を隠そうと無理に笑顔を作る僕をよそに、彼は楽しそうに棚を眺めている。
……『そっち側』。その言葉の棘が、胸の奥にちくりと刺さったまま抜けない。
「ありがとうございます。人気なのはこの『スポーツカー』とか、あと……この『嘘ミッキー』とかも、ギリギリのラインで人気ありますね」
「嘘ミッキー!? ほんとだ、めちゃくちゃ攻めてますねぇ」
「だから、わざと分かりにくくレジの後ろに置いてあるんですけど」
ふふっ、と笑って彼を見る。
……やばい。今、めっちゃ目が合った。
なんとなく照れくさくて、これまではチラチラと盗み見る程度だったけれど。改めてちゃんと見ると、やっぱり信じられないくらいのイケメンだ。どこの韓流アイドルだよってレベルだ。
「……かわいいっすね」
「えっ、あ……ありがとうございます。じゃあ、これにしますか?」
「……はい。あと、友達用にも追加で買っちゃおっかな」
「お兄さんの分はいいんですか?」
「うわ、商売上手」
そう言って笑いながら、彼は四つの下着を選んでレジに置いた。
……お兄さんが履くのは、一体どの柄なんだろう。
「一つずつ、ラッピングできますか?」
「ご自分用のものも、ですか?」
「いえ、全部プレゼント用で」
え……結局、人のばかりで自分のは買わないんだ。
さっきまであんなに盛り上がっていたのに、なんだか少しだけショックを受けてしまう。
「今日、これから用事があって。自分用のは、また今度ゆっくり選びに来ますね」
「……はい。お待ちしております」
なんだ、そういうことか!
嬉しすぎて、顔がニヤけるのを必死で抑える。お兄さんがじっと僕の手元を見てくるから、緊張で指先が震えているのがバレていないか気が気じゃない。
――お兄さん、恋人いるのかなぁ。
あんなに優しくて、ノリが良くて、スタイル抜群で笑顔が可愛い人に、相手がいないわけないよなぁ。
それに、僕のことを『そっち側』って呼んでたから、やっぱり彼は『あっち側(ノンケ)』の人なんだろうな。ゲイに偏見はなさそうだけど、僕はただの「お店のオーナー」でしかないんだろう。
「……今度って、いつだよ。」
彼は嘘つきだ。
「また今度」なんて言いながら、あれから一ヶ月も顔を見せない。
毎日毎日、僕をこんなに憂鬱な気持ちにさせておいて、本当に罪な人だ。
「こんにちは。お疲れですか?」
「あ、はい、いらっ……しゃいませ! お待ちしておりました!!」
「ふふふ。よかった、めっちゃ元気だ」
レジでうなだれていた僕の頭上に、聞き覚えのある声が降ってきた。
せっかく来てくれたのに、こんなにかっこ悪いところを見られるなんて。
でも、今日は彼一人じゃないみたいで。
「うわ、本当だ! すごい種類いっぱいある!」
「これ、絶対いつき君に似合うよ! お揃いで買わない?」
「だいき君! またそんなこと言ってると、しゅうちゃんに怒られるよ?」
「バカ! しゅうとのもお揃いで買うんだよ!」
「じゃあ、俺のも入れてくださいよぉ」
狭い店内が、一気に賑やかで華やかな空気に包まれる。
スーツを脱いで少しラフな格好の彼が、楽しそうに笑いながら仲間たちと棚を覗き込んでいる。
……あ、この人たちが、例の「上司」と「友達」……?
萩原なちち