「なかなかに壮観ですわね……」
アーシアは、目の前に集いつつある冒険者たちを見てそう呟いた。
城塞都市オルドレンは、大規模な街である。
常時、BランクからEランク冒険者がたくさん出入りしているし、過去にはSランクやAランク冒険者が立ち寄ったこともある。
そして、Bランク昇格試験が行われるこの時期は、特にCランク冒険者がたくさん訪れる。
引き締まった体をしている剣士、筋骨隆々の武闘家、確かな魔力を纏っている魔法使い、中型の魔物を従えているテイマー、鋭い眼光の弓使い、軽薄そうでいてスキなく佇んでいる斥候職などなど。
様々な技能を持つ人間が一堂に会しているのだ。
アーシアは彼ら彼女らを眺めながら、自分の中に湧いた高揚感を自覚していた。
「皆様、ようこそお越しくださいました! これより、昇級試験の説明を始めさせていただきます! まずは全体の流れから――」
試験官らしき人物が壇上に立ち、説明を始めた。
とは言っても、最初は知っていることの説明ばかりだ。
魔導師であるアーシアはなかなかに几帳面であり、情報収集にも余念がない。
だが、中には脳筋の冒険者もいるので、こうしてわざわざ口頭でも説明しているわけだ。
そして、話は最初の試験である持久力試験の説明に移っていく。
「ルールは単純明快です。これから私が、とある目的地に向けて走りだします。皆様は、目的地に至るまで私に付いてこれた方だけが試験に合格となります。制限時間はありません。私に置いていかれた方は脱落です」
試験内容は至ってシンプルだ。
体力自慢の戦士系冒険者ならまだしも、アーシアのような魔法を得意とする魔導師系の冒険者にとって、これはかなり不利な条件と言えそうだ。
(ですが、想定内ではあります)
彼女は試験内容に不満など抱かない。
事前に下調べは済ませているというのもあるし、そもそも試験内容に妥当性を感じているというのもある。
冒険者というのは様々な物事に対して、臨機応変な対応が求められる仕事だ。
隊商の護衛、魔物狩り、盗賊討伐、薬草や鉱石類の採取などなど……。
状況によって求められる能力は大きく変わる。
そして、持久力という能力は、あらゆる場面で必要とされるものだ。
魔導師として後方から高威力の魔法をぶっ放すだけならば、持久力はさほど必要ない。
だが、そうした働き方を求めるのであれば、そもそも冒険者にならなければいい。
確かな実力を持つのであれば、国や地方領主が抱える魔導師団に入った方がよほど安定しているし、安全性も高い。
それなのにわざわざ冒険者になるメリットは、実力さえあれば実質的に上限なく成り上がることができることだろう。
そういったメリットを享受するためには、魔導師であれど持久力試験に正面から挑み合格する必要がある。
「では、早速始めましょうか!」
試験官が声高らかに宣言した瞬間、周囲の空気が張り詰めていく。
冒険者たちは真剣な表情で試験官を見つめ、試験官もまた冒険者たちをじっと見据えている。
この場にいる誰もが、この試験の重要性を理解しているのだ。
試験官がゆっくりと歩きだし、冒険者ギルドの中庭から外に出て行った。
冒険者たちも、試験官を追ってぞろぞろと移動していく。
アーシアも最後尾について行く。
どうやら、最初のペースは遅めなようだ。
(親切にもウォーミングアップの時間を設けてくれているのかしら? いえ、あくまで街中から出るまでの制限として見た方が妥当ですか)
城塞都市オルドレンには多数の冒険者が訪れているとはいえ、もちろん一般人も住んでいる。
街中で大量のCランク冒険者が全力疾走すれば、混乱は避けられない。
そのため、街を出るまでは軽いジョギングレベルのペースにしているのだろう。
「…………」
彼らは街中を無言で走っていく。
だが、それは気まずい沈黙ではない。
皆が集中力を高めており、無駄口を叩く余裕もないからだ。
しかし、そんな中でも能天気な者は存在する。
「ふぁああ……。いい天気だなー」
「そうだナ。このペースなら、いい気分で走れそうダ」
「楽勝楽勝! それにしても、シンヤの兄貴も物好きだよな。せっかく一次試験が免除されていたのに」
「いいじゃないか。みんなが楽しそうなことをしているのに、1人で待っているなんて性に合わないからな」
シンヤ、ミレア、レオナードの3人組だ。
彼らはずっと、緊張感のない会話を続けている。
(ふふん。涼しい顔をしていられるのも今のうちですわよ。街を出てからは、スピードがアップするはず……)
アーシアは内心で鼻を鳴らしていた。
数日前の一件では悔しく恥ずかしい思いをさせられたが、改めて見ても彼らに大した実力があるとは思えない。
ペースアップすれば、自らの体力のなさを呪いながら脱落していくはずだ。
(ふふっ。悲壮な顔をして脱落する彼らを見るのが楽しみですわね!)
アーシアは密かにほくそ笑むのだった。
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