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第23話:トネリという旅鳥
都市樹の外縁。
命令の枝も記録の根も届かない、“未接続枝帯(みせつぞくしだい)”。
そこに突如として現れたのは、見慣れない羽音と――一羽の旅鳥だった。
その鳥の名はトネリ。
ハネラでありながら、都市に所属せず、どの棲歌も持たず、
枝の上にすら長くとどまらない。
**「歌うことをやめた鳥」**と呼ばれる存在。
トネリの羽は灰緑(はいりょく)。
淡く濁った色合いが、朝霧の中に溶けこむようだった。
尾羽には反射層がなく、代わりに細かな筋が刻まれている。
それは光も音も通さず、風だけに反応する“風読みの羽”。
「……命令も記録も届かない場所で、“あいつ”はずっと生きてるらしい」
ルフォが都市の境界線に立ち、静かに呟いた。
金の羽は風を裂くように揺れ、彼の操作士としての意識が緊張するのが伝わってくる。
その隣には、シエナ。
ミント色の羽が朝光を受け、透明な尾羽がやわらかく反射していた。
彼女は一言も発さず、ただその鳥を見つめている。
トネリもまた、声を出さない。
歌わない。
命令も出さない。
けれど、風の中に答えを持っていた。
ウタコクシが、シエナの肩で微かに震える。
それは、**「あの鳥は“都市外の律”を知っている」**という反応。
トネリは風を読む。
都市ではなく、大気の流れそのものを“棲むための情報”として使う。
風の湿り、匂い、微かな温度差。
それを尾羽で捉えて、**「今ここにいるべきかどうか」**を判断する。
「“共に棲む”ことを都市に問わず、“今そこにいていいか”を風に聞く」
そう言ったのは、かつて都市を離れた観測士の言葉だという。
トネリのような旅鳥は、
かつて棲歌を持てなかった鳥たちが、
“関係を持たない選択”を続けた結果、生まれた種なのかもしれない。
シエナが尾羽をふるわせた。
命令でも共鳴でもなく、ただ「ここにいる」という光。
すると、トネリが一度だけ、
風に乗って羽ばたいた。
尾羽が風にきらめき、
その軌道に――一瞬だけ“都市に似たリズム”が重なった。
それは、棲歌でもなく、命令でもない。
「風と存在のリズム」だった。
「……歌うことだけが棲む方法じゃない。
そして、棲むことだけが命じゃない」
ルフォの声に、誰も答えなかった。
けれど、風だけが――トネリの軌跡をなぞるように流れていた。
次回「記録されない別れの羽音」へ続きます。
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