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8 - 第8話 プレゼントをあなたへ

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2025年09月30日

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型落ちした固定電話の「再生」ボタンは、翔太が毎日触れていた証拠に、すっかり色褪せていて、死んだママの声にもノイズが入っていた。隣のスピーカーボタンが、茜色に点灯しているクリスマスイヴの夜、

そこから流れ出る透明なママの声に、その場にいた全員が驚愕し、聞き入っていた。

可愛い歌声が、部屋の中に響いている。

生身の声が木霊して、躍動している。


「あわてんぼうの、サンタクロース~♫」


キャンドルの炎が揺らめくリビングに、かなでのやわらかな歌声がスピーカーを通して聴こえる。

息を吸い込む際の呼吸音は、鼻炎に悩まされていた凛子が、口呼吸をする時の癖だ。

愛おしい響きは、正博の心をかすめ、あたたかな響きは、翔太の想いでを包み込んでいった。


「あわてんぼうの、サンタクロース。クリスマスまえに、やってきた~♫」


翔太がもっと幼い頃、凛子はクリスマスにこの歌を好んで歌っていた。

慌てん坊なのが、自分と似ていると言っていた。

翔太の頭を撫でながら、柔和に微笑むその表情が、正博の脳裏に浮かんでは消える。

忘れたくても忘れられない、蓮の花の隙間に浮かぶ枯葉のようにー。

翔太は涙を堪えながら、口元を固く閉ざしていた。


「翔太は強い子なんだぞ!」


生前の、凛子の言葉を裏切りたくはなかったから、そうしていた。

野沢は、翔太を抱いたまま、歌声に合わせて身体を揺らした。


「いそいでリンリンリン。いそいでリンリンリン。鳴らしておくれよ鐘を〜♫リンリンリン。リンリンリン。リンリンリン♪」


凛子は今、この場に存在している。

匂いも体温も、記憶の全ても、この場に居合わせたひとりひとりに存在している。

それは、生きているのと変わらなかった。


「翔太ぁ~」


翔太は野沢の胸に顔を埋めながら、ちいさく返事をした。

涙を見せたくはなかった。


「ぅん」


「翔太ぁ~」


「ン…」


野沢の胸元が、翔太の涙で熱く濡れていった。

じんわりと、ゆっくりと広がる涙に野沢は耐えられずに。


「ほら、翔太くん、ママだよ!」


「ぅん…」


「ほら、顔をあげて…」


「…クリスマスじゃないもん…」


「え?」


「今日はママの誕生日だもん…」


「…」


翔太は鼻を啜りながら言った。

大人たちの静寂を、やさしい声が拭い去る。


「翔太ぁ〜、ありがとう」


「ぅン…」


「そこにいるサンタさんにね、お願いしたんだよ翔太ぁ~、ずぅっとがんばってくれたんだよね〜」


「ぅん…」


「だからね。神様がね。ごほうびくれたんだよ翔太ぁ〜、だってさ、クリスマスなんだもん」


翔太は顔をあげた。


「ママはどこにいるの?」


「翔太を見ているんだよ。おそらと、くもさんのまんなかかな」


「そこにいるの?」


「そうだよ。ママの夢を叶えてくれるお店やさんがあるんだ。そこから翔太を見ているんだよ」


お店やさんという表現は、翔太がついこの前まで使っていた言葉だった。

かなではそのことを、保育士から聞いていた。


「ママねえ。翔太のおかあさんに生まれて、とーってもしあわせだったなあって思っているの。いつかきっと、また生まれかわれるなら、翔太のおかあさんで生まれたいなって思っているんだよ」


「ぅん、でも…」


「でも…?」


「急に居なくならないでよ…」


「…」


「居なくならないでよ…」


「うん、ごめんね、翔太ぁ…」


「ンん…」


「翔太ぁ…」


「ンん」


「やさしい翔太のままでいてね。そして時々でいいの。ママのことを思い出して欲しいな」


「ンん」


翔太は、腫れ上がった瞼を何度も擦った。

野沢は翔太を床に降ろし、その逞しい背中を撫でながら言葉をかけた。

あまり長い時間を費やしてはいけないと、とっさに思ったのだ。


「翔太くん。ママに言わなくちゃ!」


翔太はこくりとうなずいて大声で叫んだ。

抑えきれない感情と、これまでの想い出全てを言葉に詰め込んだ。


「ママあああああ!」


翔太は思いきり深呼吸をした。

頬が丸く膨らんだ瞬間、翔太の想いは弾け飛んだ。


「ハッピーバースデー!」


穏やかな時間が流れてゆく。

ひとが存在しなくなる時期は、想い出が完全に消えた時 。

それは、その人と関わった沢山の人間が、命を全うした瞬間だということなのだ。

そう感じた正博も、思わず叫んでいた。


「凛子!」


正博は震えていた。

容赦無く涙が溢れ出る。

ずっと我慢をしていたのは正博も同じで、心は限界だったのだ。

想いの全てを言葉に詰め込んだ。


「凛子…」


「正博さん…」


「これまでも、これからもずっと…」


正博はその先を言えなかった。

現実に戻ってしまったからだ。

この声は演じられたモノ。

それでも、あたたかな気持ちになれた。

照れくさそうに。


「メリークリスマスイヴ」


と、だけ笑うと、凛子の声がハッキリと聴こえた。


「あははー。メリークリスマスイヴ。正博さん」


凛子は生きていた。


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