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「え、ちょ、ちょっと、来てないじゃないの! どうしちゃったの善悪ぅ?」
「いや、ここに呼んだんだけどね…… あれぇ? ちょっとズレたのかなぁ?」
コユキの問い掛けに善悪はござるも忘れて首を傾げていたが、いつに無い焦りが表情を覆い冷や汗も零(こぼ)している。
いち早く、目を瞑り(つむり)必死に気配を探っていたオルクスが言った。
「マワリ、ニハ、イナイ…… クッ、ナ、ナンデッ?」
オルクスも困ってしまったのか頭を抱えて蹲って(うずくまって)しまっていた。
コユキも慌てて三度(みたび)祖母トシ子に連絡を入れたのである。
「お、お婆ちゃん! カイムちゃんと弾(たま)ちゃん達ってまだそっちに居るよね? え! そ、そう…… 光に包まれて、消えた、の、ね…… ううん、実はこっちに来てないのよ…… うん、そうなのよ…… 兎に角、も一度みんなで話し合ってみるよ、うん、うん、いったん切るね、うん、うん、判ってるよ、はーい…… ふぅ、やっぱり光に包まれて消えたんだって…… ど、どうしようか?」
コユキの言葉に一行はそれぞれ沈痛な表情を浮かべながら考え込み始めるのであった。
只一人アスタロトだけが口を開いた。
「ふむ、今の一瞬で地軸が動いた気配も無いな…… となると単純に座標を間違えたか、他の術者の妨害、かな?」
コユキががっかりした顔で返した。
「そう…… 困ったわね…… ってか地軸ってアスタ、アンタそんな事まで分かるの? 凄いじゃないの、流石(さすが)は神様ね! その力でカイムちゃん達見つけられないの?」
アスタロトは胸を張りながらも、どこか申し訳なさそうに答える。
「現代の人間は我をポセイドンとか呼んで海の神だと思っている様だが、正確にはポセイドゥヌスで大地と海、つまり全地上の神だからな、大概の事は分かる、が、流石に一柱の魔王と三頭の魔獣の位置の特定となると…… すまん」
「そっか…… ショボン」 ※声に出して言っています、怒!
横合いからオドオドした声が発せられた。
「あ、あの…… 発言しても、よ、宜しい、ですか?」
強気に溢れた善悪の声がまるで叱責する様に響くのであった。
「ラマシュトゥっ! 今は緊急事態でござるっ! いつまでも自分可哀想でオドオドしないっ! はっきり言ってっ! で、ござる!」
「は、はいっ! この場所に魔界並みに濃い魔力が溢れ出していると感じたのですっ! オルクス兄さま、モラクス兄さま、シヴァ、感じませんか? 現世(うつしよ)では有り得ない程濃密で居心地のいい魔界の魔力の奔流を……」
「タシカニ」
「これはクラックから自然に溢れ出たとか言うレベルでは無いな…… まさか開けたのか境界に穴、を……」
「ふふふ、懐かしくも忌々(いまいま)しい邪悪に満ちた力の流入を…… 感じる感じるぞ、今こそ我が封印されし力を解き放ち――――」
「黙りなさいバカっ! アンタ本当の本当にいい加減にしなさいよっ!」
珍しくラマシュトゥが切れた、まあ、当然と言えば当然だね。
兎に角大切なのはちゃんとしている二柱が感じた魔界からのものと思われる濃密な魔力とやらの流入の方であろう。
何が起こっているのか見当の欠片(かけら)も付かなかったコユキは、漫画とかで見た事のある『そ、そんなっ!』的なポーズを取りつつ成り行きを見守る事にしたのであった。
口を両手で覆い隠して小さな目を剥いて固まった振りをしている巨漢に一瞥(いちべつ)もせずに、アスタロトは美しい顔を厳しくさせながら言うのであった。
「この魔力は! なるほど、目的は我の守護領域、地上への浸食…… そういう事なんだな、面白いじゃないか……」
善悪が珍しく本気で心配しながら言うのであった。
「アスタこれってバアルの魔力なのでござるか? ねえ、そうなのぉ!」
アスタロトが短く応える。
「ああ、多分な…… 少なくとも地上にこんな濃密な魔力は無い筈だぞ、これまでにはな……」
コユキも抜かりなく手で隠した口をより大きく開けて、これでもかと目を剥いたのであった、頑張ったな……
面白いと言う発言に反して口を閉ざして表情をさらに厳しいものに変えてしまったアスタロトに代わってラマシュトゥが言葉を続けた、今度はいつも通りしっかりとした口調だった、良かった。
「この場に溢れた正体不明の濃密な魔力がウーバーの転送結果に干渉してしまったのだと思われます! オルクス兄さまと善悪様のスキルは地上の座標を基準にされた物ですわ、本来位相(いそう)が異なる魔界や他のクラックから溢れだしているのですから、正確に呼び寄せる事など不可能なのです! カイム殿や熊さんたちが飛ばされた場所は…… はっきり言います、現世(うつしよ)か幽世(かくりよ)か、それすらも判別不可能ですわ!」
「そ、そんな……」
「ぐぅ、カイムっ……」
この段になって漸く(ようやく)分かり易く心配を顕(あらわ)にするコユキと善悪である。
まあ、そりゃそうだろう、善悪もコユキも三十年来の付き合いであり、いつも明るく場を和ませてくれていたカイムが所在不明に陥ったのである。
弾ちゃんを始めとする、熊達の人懐っこい姿もチラチラ見え隠れしているのであろう、悲しい。