「七夕、祭り?」
たまたま、図書館を通りかかった際、掲示板に貼られていた一枚のポスターに目がいった。どうやら、図書館では、無料で短冊に願い事を書いて、正門に一週間程度飾られている笹にその短冊をつるせるらしい。
「七夕か……」
そういえば、今年の七夕は雨だって天気予報のお姉さんが言っていた気がする。
「星埜くんも書くの?」
と、隣を歩いていた楓音が俺に声をかけてくる。もう、すっかり三人でいることが当たり前になってしまって、違和感はないのだが、いつも何故か、朔蒔と楓音は、俺を挟んで歩こうとするのだ。別にいいけれど、たまに、俺の方によってきて、もの凄く歩きにくい思いをしたことがある。
まあ、それはいいとして、楓音の質問に俺は「どうだろ」と返し、もう一度ポスターに目線を向ける。
今年の七夕は雨。最近ずっと、七月七日という日は雨で、綺麗な天の川なんて、ネットの画像でしか見ていない。また、誕生日に雨っていうのも、何かテンションが下がるのだ。かといって、こればかりは仕方がないので、文句は言えないのだが。
「えー何々、面白そーじゃん。星埜、書こうぜ」
「お前はそうやって……」
「俺、ともだちとこういうことするの、すっごく夢だったんだぜ?」
「……」
朔蒔が、そう目をキラキラとさせて言うので、俺は反論する気力も無くなってしまった。
何というか、その。相変わらず、言い方に引っかかりを覚えてしまう。
(ともだちとこういうことするの、夢だった……か)
これまで友達がいなかった人間のひがみ、というか、そういうのには一切聞えない。本当に純粋に、それを喜んでいるような声色と、顔に、俺はどうしても、引っかかってしまう。琥珀朔蒔という人間が、これまでどうやって生きてきたとか、どんな風にどんなものを見てきたのだとか、そういうのが気になって仕方がない。
その幼さは、どこから来ているの、とか。
俺の事、運命だっていったのは、何でなんだ、とか。
あげだしたら切りが無いが。でも、此奴のこの純粋な好奇心を前にして、俺はもやっとした気持ちを抱くのだ。
「こういうことするの夢だったって……お前、死ぬ前にやりたい100のこと、とか書いてんのか」
「何それ? あーでも、やりたいことリストってのは、作ってみてェかも」
「朔蒔くん、多分それ、作ってから実行するものだよ」
と、すかさず楓音がツッコミを入れる。
まあ、やりたいことリストって、作ってから実行して、それが埋まっていくのが楽しみっていう所もあるし、ある意味、楓音の言っていることは正しくないわけではないが。
朔蒔に限って、そんなことしないだろうし、何よりも、朔蒔は書き出して行動するより、本能に従って行動する方だと思うから。
「えーじゃァ、作っても意味ないってことかよ。楓音ちゃん」
「いや、そうじゃないけど。まあ、やりたいことは学生のうちに一杯やっちゃおう! だって、青春は一度きりしかないんだから」
そう、楓音は上手くまとめて、笑った。
楓音の言うとおりだと思う。今という時間は、今しかないし、あとから後悔するくらいなら、やって後悔した方が良いと思う。勿論、上手くいくことばかりじゃないって分かってるから、失敗もあるし、嫌な思いをすることだってあるんだろうけど。それがいいって思える日がいつかくるって、そう思えば、良い思い出だった、と片付けられるわけだし。
そんな思いで、朔蒔を見れば「今……か」と何処か、感慨深そうに頷いていた。朔蒔が、頭で考える派じゃないことを知っているから、本気で納得しているのかは定かではないが。彼なりに、何か納得して、頷いているんだろう、なんて、失礼なことを思う。
「じゃあ、短冊に願い事書きたい」
「そうしよっ。ね、星埜くんも」
「俺も?」
「そーだぜ、星埜。俺達、三人の願い事バーン! って、校門に飾って貰おうぜ」
「いや、願い事……目立ちたくはないんだが」
そう言わずに、と二人に背中を押されながら、俺は図書館へ入る。ガラガラッと開いた扉。静かな図書館だからこそ、少しの物音で、こちらを向く人が多少なりいるわけで、一気に注目が集まって、何だか恥ずかしい気分になってしまった。俺は、他人です、なんて目をそらしながら、短冊の置いてある机を探し、図書館を歩く。綺麗に敷かれた絨毯を踏みしめながら、図書館の中央の大きな円机に色とりどりのペンと、短冊が置いてあるのを発見し、小さな声で、朔蒔と楓音を呼び寄せた。
「思った以上にしっかりした紙なんだな」
置かれていた短冊は、折り紙を長方形に折ったものではなくて、しっかりした和紙だった。日本独特の和の色が机に並んでいて、目を奪われる。
「和紙、かな? 折り紙かと思ってた」
「何でもいいから、書こーぜ。一杯」
一杯は、どうかな。と楓音が苦笑いし、朔蒔に静かにね、と注意してから、俺の方を見る。こそっと「何書くの?」と聞いてくる。実際、何も考えていなくて、ここに来たから、今から考えるのだが、ペンを取った瞬間、何だかふと寂しい気持ちが流れ込んできた。
(母さんに会いたい……とか、これは、違う、か)
俺は、一旦ペンを置いて、短冊の色から選ぶことにした。
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