「俺、この夕焼けみたいな色の短冊に書くからな。星埜、覚えておけよ」
「何で、俺がお前の覚えてないといけないんだよ」
「ん? 星埜が俺の見つけやすいようにするため」
「って、誰も、お前の願い事なんて興味ねえよ」
と、俺は図書館で大声を出す、朔蒔に白い目を向けながら軽くあしらった。
今のは、嘘だ。朔蒔が書く願い事って何かって……多少なりには気になる。というか、気になる。朔蒔って何を書くのか、何を願うのか。
朔蒔が手に取った短冊は、夕焼け色ではあったが、黄色とオレンジの中間色みたいな。それこそ、苗字の「琥珀」色だった。それを、夕焼け色と表現する朔蒔は変わっているなあ、なんて思ったが、彼の目にはあの色が、夕焼けがそう見えているんだろうと。俺は、夕焼けはオレンジ色に見えるけど、朔蒔は琥珀色にみえるんだな、と見え方の違いを楽しみながら、俺は翠色の短冊を手に取る。
「あっ、見ちゃダメ」
「え、ああ、ごめん。大丈夫、見てないから」
ちらりと、楓音のを見れば、彼は俺の視線に気づいたのかバッと、淡い藍色の短冊を隠した。見るつもりは無くて、何色を選んだのかな……だけ気になったが、そんなエッチ、みたいに隠されると、こっちが悪いことしている気持ちになる。楓音は、恥ずかしいから、見ないで、と小さく言うと、リスみたいな頬を膨らまして俺を見た。本当に可愛い。小動物みたいで。なんて、声には出さなかったが、朔蒔が大型犬だとすれば、楓音は子犬か、小動物だなあと思った。朔蒔にベタベタされる分、楓音で癒やしを摂取しているような感覚に、俺は陥る。
でも、楓音は何を書いたのだろうと、少しだけ気になった。
俺は、まだ何を書くか決めていないし、朔蒔も、何故か悩んでいるようだった。
「朔蒔は……」
「これ、何枚も書いちゃいけねェのかな」
「いや……しらね。そんなに願い事あんのか」
「そりゃ、一杯あんだろ。星埜ともーっと仲良くなりたいとか、楓音ちゃんとお出かけ行きたいとか。色々」
「あっそ」
幼稚だな、と言いかけたので、グッと言葉を飲んで、俺は悩んでいる様子の朔蒔を見ていた。此奴って、そんなこと考えていたのか、と以外というか、そのこれまでの凶暴な一面からでは想像できない姿に、戸惑っていた。
考えずに言動するような男だと思っていたため、こう、悩んでいる姿が珍しくて。一つにまとめようと、頭を悩ます姿は意外性に溢れていた。失礼な話だが。
「そういう、星埜は何て書くんだよ」
「俺?」
「俺に聞いておいて、答えないってのは、なしだろ」
「俺……は」
手に持っている翠色の短冊がくしゃりと歪む。まだ決めていない。さっきばかり、浮かんだ願いは、あれは願いというよりも、理想というか、願いとはまた違うものだと感じたからやめた。それに、今更、縋るというか、考えるのは、失礼な気がして、今を見なきゃと思ったのだ。
(だって、死んだ母さんに会えるわけじゃないし)
会えるとしたら、あと数十年先になるだろうし。
だから、過去に目を向けるんじゃなくて、今に目を向けた願いにしようとは思った。でも、いざ願いを書き出そうと思うと、パッと浮かんでこなかった。それに比べて、朔蒔は阿呆ほど浮かんできて、どれにしようかって悩むぐらいだった。何だか羨ましいと思う。
俺は、願い事なしに、ずっと頑張ってきたんじゃないかと、空っぽな気がしてきたから。
「楓音は、書けた?」
「うん、バッチシだよ。でも、見せないからね」
「ああ、うん。大事にして」
と、俺はよく分からないかえし仕方をして、短冊ボックスと書かれた、書いた短冊を入れるであろう箱を見た。ちらりと、中から短冊が見えるから既に何枚か書いてあるんだろう。あの箱の中には、沢山の願い事が詰まっているのかと思うと、一つ一つ見たい所だった。笹につるされて、校門に掲げられたら、見ることは難しくなるだろうから。
短冊には名前を書かなくて良いようで、朔蒔のいったとおり、色を覚えていないと探すのは困難だろう。かといって、同じ色もあるだろうし、誰が誰のか、最終的には分からなくなる気がするが。
願い事。欲しいものもないし、夢は自分で掴むものだと思っているし。
イベントの一環として、そこまで深く考えなくてもいいんだろうが、一度考え出すと深く考えてしまうのが、自分の悪い癖だと思った。
ここは、これまでずっと考えて、頭から離れないことを書こう、と俺はペンを持つ。勿論、あの二人には見えないように書いて、サッと箱に入れた。いつもは、答案用紙は見直すようにしているのだが、今回は、見られたくない一心で、誤字脱字をチェックしずに、箱に入れ込んだ。
「星埜、何書いたんだ?」
「だから、教えないっていっただろ。お前も、教えなくてイイから」
「俺は、星埜と楓音ちゃんと三人で楽しいことこれからもいっぱいしたいって書いた」
「誰も聞いてねえって!」
何のためらいもなしに、願い事を暴露した、朔蒔を見れば、朔蒔はイイ願いだろ? と言わんばかりに誇らしげな顔をしていた。朔蒔にとって、俺と楓音はいつの間にか大きな存在になっていたんだなあ、なんて感じて、少しだけ胸が温かくなった気がした。此奴に限って。
「僕も入れたよ。当日が楽しみだね」
と、楓音も混ざって、笑う。
当日、探せるかどうかは知らないが、あの色とりどりの短冊が、青々強い笹にくくりつけられて校門に飾られる姿は綺麗なんだろうな、と俺は想像しながら、もう一枚短冊を手にとって、気づかれないようにポケットに突っ込んだ。
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