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母は、何も言わず抱きしめた。湿度のある体温。
泣ける場所があることを、その時だけは信じられた。
何かを言えば崩れてしまいそうな私を、壊れないように、そっと包んでくれた。
それは、あたたかいけれど、どこか懐かしくて、もう戻れない何かのようにも感じた。
父は、黙って立っていた。
口を開けば壊れてしまう気がして、何も言わなかった。
でも、その沈黙のなかに、彼女は少しだけ救われた。
言葉がないことでしか伝わらない想いが、確かにそこにあった。
背中越しの存在感が、見守るという形で寄り添ってくれていた。
彼女はその夜、少しだけ眠れた。
安心というよりも、疲れ果てた体が、静かに降りていくような眠りだった。