テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
まさか奥村からその名前を聞くとは思わず、優奈は目を見開く。
すると、溜まっていた涙は益々溢れ出してしまった。
奥村の手を濡らしていく涙を情けなくも止めることができないでいる。
「瀬戸さんはいつも自信なさそうにするけどさ……高遠さんを基準にしたら、そのまわりの人間と自分を比べたら。誰だって自分を卑下したくなるよ」
「……卑下、ですか」
「うん。どんなに好きでも、その相手が自分に好影響を与えてくれるとは限らない」
優奈の手に触れていた手から、労わるような柔らかな気配が消えていく。
「少なくとも俺が高遠さんを知った頃には、名草さんの存在はあった。それなのに君をそばに置いて泣かせる理由が俺にはどうしてもわからない」
「お、奥村さん!?」
らしくない荒々しい力で、後頭部を掴み優奈を抱き寄せた奥村の声が耳元で聞こえる。この距離になれば、嫌でもわかってしまう。
彼は基本的にスラスラと言葉を発しているように見えていたのに、吐き出そうとして飲み込むものがいくつもあって。
そのどれもがきっと優奈にどう伝えようかと思い悩んでのもので。
ああ、きっと、自分の発言が相手をどんな気分にさせるか。それを大切に会話をする人なんだと実感する。
「君が高遠さんを好きで、あの人がそれに応えられないなら。この距離感じゃなくても、どんな方法でも”大切な妹”だって言い張る君を助ける術くらい……高遠さんは持ってるはずだ」
「……それ、は」
優奈が村野工務店のような職場にしか相手にされない人間だったからで。
引越し先を決められる資金もなかったからで。
責められる理由のない雅人が批判されるハメになる。
お荷物だと言った名草の言葉は優奈の心臓に突き刺さったまま、じわじわと今も責め立てるように様々な角度で抉りつけていた。
「今、君の眼中になくてもいいんだ。俺と付き合ってほしい。俺の方がきっと君を笑顔にできる」
努力など報われない現実を知って、それでも奇跡が起きて、優奈は雅人を追いかけていた頃の自分に希望を見出したけれど。
「初めて会った時から君のことがずっと頭から離れなかった」
頑張ろうと決めた。退屈な大人に成り下がった自分が、雅人の隣に立てる人間になれるようにと。
でもそれは誰の為?
「もう一度会えるなんて思わなかったんだ。困らせてるのはわかってる、でも」
それは全て、自分の為だ。
奥村の言葉は優奈にその事実を諭すかのよう。
「君のことが……本当に好きなんだ」