白く細い首に手をかける。
「君が…どう…し…て……」
僕の想い人は、息絶えた。
…何故、こんな事をしたかと聞くだろう。まず、僕はあのヒトに片思いをしていた。そして次に、あのヒトには恋人がいる。
あのヒトはその恋人に…アイツに全てを奪われた訳だ。許せない。許される事など何一つない。
僕は考えた。
アイツが奪ったものを僕の手で奪えばいい。キミを僕の手で殺せばいい。ただ、直感的にそう思っただけだ。
愛しいキミに抵抗されたのは流石に苦しかったが、これでアイツは罰される。アイツは正しい状態になれるのだ。あのヒトと同じ所へ行けるだろう。
キミの綺麗な爪で引っ掻かれた傷がジンジンと疼く。だが、ここで止まる訳にはいかない。非力な僕でも持ち上げられるよう、キミの首を電動ノコギリで切断する。まだ暖かいキミの血液を浴びながら、キミを思い出す。
太陽の様に笑うキミ。考えれば、僕とキミは幼なじみだったね。キミが僕に人との関わり方を教えてくれた。キミを殺して、やっと思い出すなんて…。
あぁ、そうか。最期まで…キミは僕を覚えていてくれたのか…。
やっと切り終えたキミの頭を抱えて、人気のない道を行く。もうすぐ取り壊されるあのマンションへ向かう道だ。マンションに着いてからは外付けの非常階段だったものを一歩、また一歩、息を切らしながら上へ向かう。キミの頭が…異常なほど重い。
通常、ヒトの頭はボーリング玉くらいの重さしかない。だからこれは…僕の中の悪魔がそんな事をさせまいとする、囁きに違いない。
全てわかっている。絶対にやらなければ。その思いだけで屋上まで登ってきたのだ。
しかしいい景色だ…。ここからはキミの家を望むこともできるのだから。
「…さようなら、ありがとう。」
久しぶりに喋った。酷いかすれ声だった。僕は、キミの綺麗な頭を放り投げた。本当はキミと一緒に死にたかったけど、きっとまた迷惑をかけてしまうから……。
その時、奇妙な声が僕に話しかけた。
「ほう、酷いやつだな。」
振り向いた僕の目に映った景色は、異常だった。頭が無く、虫のような脚がそこらじゅうに生えている、異形の化け物だ。かさかさと脚を動かしている。
「……ッ!?」
あぁ、日頃の不摂生が祟った。全く声も出ない。さっきまで哀しく安らいでいたこの心を、恐怖が支配していく。思わず腰が抜けて、無様にフェンスまで這いずった。
「面白いな、おまえ。名はなんと言う。」
咄嗟に、クソみたいな親がつけた名称ではなく、キミの呼んでくれた名前がフラッシュバックしてきた。僕の名前は……
「ノゾム、だ…」
「…?おまえの名はソレではないだろう。確か…」
…は、違うだろ、あのヒトを馬鹿にしてるのか?この化け物。許せない……、自分でも恐ろしい程に怒りが湧いてくる。
「違う!!俺はノゾムだ!あのヒトの呼んでくれた名だ!俺の名前はこれなんだ!!!」
化け物の言葉をかき消して叫ぶ。今までの人生で一番大きな声が出た。化け物は動きを一瞬止めたが、また盛んに動き出した。
「…はっはっは!いやあ君は面白い奴だなぁ!親の付けた名ではなく、自身が殺したものの呼んだ名を己の名と言うか、実に面白い!」
今までとは声色が違う、二重に重なって響く声が耳を貫く。
「いやあ、失礼、シツレイ。そんなに怒らないでおくれ?私はしがない悪魔でねぇ。人間についてあまりよく知らないのだよ。」
僕は、その態度の変わりように驚愕した。
「いやあ〜、空馬 黒助くん改めノゾムくん!私の名前をぜひとも!知って欲しい!!」
……僕のその名前を知っているのも悪魔たる力なのだろうか……?
「ゴホンっ!私の名前はネガリシハムという!呼ぶ時はぜひシハと呼んでくれ!」
やたらテンションの上がった自己紹介と共に、たくさんあるうちの脚の二本で握手を求められる。恐る恐る両手を差し出すと、がしりと掴まれ、ぶんぶん上下に振られた。
ネガリシハム……奇妙な名前だ。
「ははは…いやあ、君は本当に面白い…。」
「ぜ ひ 欲 し い。」
また声色が変わった。再び恐怖が体を駆け巡る。ネガリシハムは二本の脚を僕の方へ伸ばしてくる。
「…ッな…。」
あぁ、また声が出ない。足も動かない…。たった二本の脚にがっしりと掴まれた。
「いやあ、悪いねぇ、君には今からこちら側に来てもらうよ。でも君もこの世に未練なんて無いでしょ?」
あぁそうだ。キミのいない世界など……
意識が朦朧とする。ネガリシハムが僕を抱えたまま屋上から飛び降りた。
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