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かかお
『ねえ、おとうさん。どうして おんなのひとと いっしょだったこと ひみつなの?』
『え……? 何、言ってるの?』
そう言ったお父さんお母さんの、引き攣った顔が今でも忘れられない。あれは私の一番古い記憶で、その言葉をきっかけに両親が言い争ったのも、不仲な関係になったのも覚えている。
その時に悟った。
人間には言葉とは違う「声」があり、それは相手には聞こえないこと。しかし、私はどうゆう訳か聞こえてしまう能力があること。
そして、「その声」を聞くことは、良好な関係を呆気なく崩壊させてしてしまうことを。
ピピピピピ。ピピピピピ。
スマホのアラーム音で目を覚ますとカーテンの隙間より強い日差しを感じ、今日も暑くなるのだろうと思わせてくる朝。あの頃の夢なんて久しぶりに見たなと思いつつ、私は体を起こす。
いつも通り背中まである髪をとき、朝の身支度に、朝食を済ませ、鍵をかけて誰もいない家を後にする。
長谷川くんに秘密を知られて一週間が過ぎた。私は毎日、登下校時の鞄持ちに、売店への買い出し、時折頼まれたことをこなしている。そのおかげか能力に関しては誰も気付いておらず、普通の学校生活を送る毎日。
「はぁ……」
しかし、気を抜くと口から出てくるのは大きな溜息。今日は委員長として文化祭のことをみんなに話さないといけない日であり、気が重い。
そのせいか、胃が……。
キリキリと痛む感覚に私は足を止め、その場に座り込んでしまう。だめだ。我慢出来ない。
そう思い、鞄に入っているミニポシェットを開けるけど、いつもの小瓶は入っていなかった。
あ。どうしよう。家に忘れてきたんだ。
この絶望的な状況に、余計に痛みが増してきたお腹を抑え小さくうずくまっていると、色々な記憶が巡ってきた。
『お前のせいで、あんな子が生まれたんだろ?』
『これ以上、厄介かけないでよね』
あ。
お願い、お父さん。お母さんに怒らないで。お母さん。ちゃんと学校に行くから。
しかし、その気持ちとは裏腹に痛みはより強くなってきて、私の体は言うことを聞いてくれない。学校が。クラスが。怖い……。
「おい」
その声に顔を上げようとすると、声をかけてくれた人は屈んで私の顔を覗いてくる。やっぱり、長谷川くんだ。
「やる」
遅れたことには何も触れず。差し出してくれたのは、小さな小瓶とペットボトルの水。それは胃薬で、私がいつも飲んでいるのと同じ物だった。
「どうして?」
「たまたま」
プイッと横向くその姿はどこか作られたような仕草のように感じてしまうほど、ぎこちなかった。
「ありがとう」
その好意に甘えてもらうことにした。この薬は私にとってのお守り。
周りの声に苦しくなったり、今日みたいなプレッシャーがある時に胃が痛くなる私は、これを飲んで乗り越えている。
気持ちの問題もあるのか、飲んだら少しずつ楽になってきた。
「ごめんね。学校に行かないと!」
歩けるぐらい良くなった私は、長谷川くんの荷物を持とうとしたけど、彼はヒョイと頭上にやってしまう。
「……え?」
「学校ダリーな? 今日、休まね?」
そう言いながら、気付けば学校の反対方向に歩き出していた。
「え? 冗談だよね?」
私は、ソワソワしながら付いて行く。
早く行かないと遅刻してしまうと思いながら。
「ね、ねえ、長谷川くん? 学校行かないとだめだよ! 遅刻してしまうよ!」
「別に良いだろ? お前、一年の頃からバカ真面目に毎日通っているんだし、一日ぐらい」
そう言い、歩く速度を一向に変えようとしない。
「だめだよ! 学校は行かないと!」
「どうしてだよ? まだ二年だし、受験も先だろ! 一日ぐらい休んでも何も変わらねーよ!」
「……でも」
私は俯き、黙り込んでしまう。
そうだよね。別に良いよね。それなのに、どうして私はその一歩が踏み出せないのだろう。
学校に行かないと、陰口を叩かれるから?
でも、心で思われているから一緒だよね。
日常を壊したくないと願っているから?
ううん。違う。心のどこかで、こんな日常壊れたら良いと願っていた。
『これ以上、厄介かけないでよね』
不意にその言葉が脳裏に過ぎる。
そう言ったのは。
キリキリキリ。
薬で落ち着いたはずの胃は、またキリキリとし始める。
痛みの中、色々な記憶が巡ってゆく。そこで思い浮かんだのは、両親の姿だった。
お願い、お父さん。お母さんに怒らないで。ちゃんと学校に行くから。
「鈴木に任せちまえよ。お前にばっか押し付けるんだからよ!」
「……え?」
長谷川くんが話しているのは、委員会の仕事のことだ。
鈴木くんは男子の委員長だけど、二年生の代表になったと知って明らかに溜息吐いてたし、こいつに任せなければ良かったって思っているのを知ってるから頼れないでいる。
「お前さ」
「何?」
「別に」
すると長谷川くんは くるっと方向転換させ、歩いてきた道を戻っていく。
そっちは、学校?
あ、私がうるさいから。ウジウジしてるから、嫌だと思ったよね?
そう思い身構えるけど、長谷川くんからは一向に何も聞こえてこない。
いや、正確には聞こえてくるけど、それは「暑い」、「ダルイ」、「学校めんどくさい」ばかりで私への感情は一つもなかった。
そういえば長谷川くんは、私のこと考えたことあったっけ?
そう考え、チラッと彼を見る。
ズンズンと歩いていく彼からは、具体的な声が聞こえたことはなく、いつも「ダルイ」、「眠い」ばっかりだった。
それは同じクラスだった一年生の頃から。
人に興味ないのかな。
みんな、こうだったら良いのにな。
そう思いながら、ゆっくり歩くその背中を見つめた。
荷物持ちなのに、鞄持たなくていいの?
もしかして、気を使ってくれている?
そう思いながら、後ろから付いて行く。
その言葉のおかげか、学校に着く頃には痛みはなくなり、授業を受けることが出来た。いつも通りノートの書き写しや買い出しをこなし、気付けば休み時間も昼休みも私は一人。
だけど淋しさより安堵の感情が溢れてくる私は、やはり性格が悪いのだと思う。
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