<この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません>
「婚活スタート」
”好きな人って、どんな人のことですか?”
その質問をされた時は、まだうまく答えられなかった。
……でも、今ならちゃんと答えられる。
話せた日は、一日中幸せな気持ちになって。
連絡がないと、さびしく思う人。
眠る前に思い出して、会いたくなる人。
そんなふうに思える人と出会いたかった。
そんな人と恋ができたらって……本当はずっと夢みていたんだ。
** 学生マリッジサポート **
6月に入ってからの長雨がやみ、今は窓の外にまぶしいほどの光が満ちている。
(もしかして、神様もあかねの新しい門出を祝ってくれているのかな)
チャイムが鳴ってお昼休みになると、私は急いで裏庭に向かった。
さっき授業中に届いていたメッセージは、きっと親友のあかねからだ。
だれもいない場所でスマホを見ると、メッセージと写真が目に飛びこんできた。
「今から挙式です。行ってくるね!」
ウエディングドレス姿で笑うあかねはすごくきれいで、幸せそうで……見た瞬間「わー!」と声があがった。
この国の法律では、結婚は国民の義務。
少子化対策の 一環(いっかん)として、16歳から25歳の間に、私たちは必ずだれかと結婚しないといけない。
同い年で高校2年生のあかねは、結婚情報サービスに入り―――知り合った他校の同級生と恋をした。
「あかねきれいー!本当におめでとうー!!」
メッセージを送ると、親友の笑顔をもう一度見つめる。
もう結婚できる歳とはいえ、学生の間は婚約をしても、結婚までする人はあまりいない。
それなのにあかねと旦那さんは結婚を選んだんだから……お互いのことが大好きなんだろうなぁ。
「……いいなぁ。あかねがうらやましいよー!」
25歳までに結婚相手が見つからないと、行政が決めた人との結婚が待っている。
それがイヤなら、だれかにお見合いをしてもらうか、自分で相手を見つけるかなんだけど―――。
「結婚、かぁ……」
ぽつりとつぶやくと、私はスマホの画面を切り替え、「マリッジサポート」のことを調べた。
マリッジサポートとは、国民が結婚相手を探す活動に、国が一定の補助金をだす制度のこと。
特に学生には支援が厚く、どの結婚相談会社を利用しても全額費用を負担してくれるので、同世代の半数ほどが利用していた。
(……どうしよう。ずっと決心がつかなかったけど、私もやってみようかな……)
私は中学の時に何度かチカンにあい、それから男の人が苦手になってしまった。
「結婚」は私にとっては悩みの種で、勝手に決められた人と結婚しても、うまくいくとは思えない。
そんな私を心配して、あかねがマリッジサポートを始めた時に一緒にやろうと誘ってくれたけど……その時は怖くてできなかった。
(……でもあかねの幸せそうな姿を見てると、結婚っていいな……)
私も、好きな人と結婚できたら幸せになれるかな。
男の人と話すのも苦手だし、すぐに相手が見つかると思わないけど……。
あかねみたいに今から探せば、25歳までに好きな人が見つかるかもしれない。
(……よしっ!)
心を決めた私は、ある結婚相談サービス―――「学生マリッジサポート」 にアクセスした。
「学生マリッジサポート」は学生専用の結婚相談サービスで、アドバイザーがつくから初心者でも始めやすいと聞いたことがあった。
決心が鈍らないうちに入会の申し込みをすると、ドキドキする胸を押さえる。
(こ、これで家に手続きの書類が届くはず……だよね)
両親には男の人が苦手なことも、その理由も話しているから、結婚のことは心配してくれていた。
だから私が相手探しをするなら喜んでくれると思うし……親が同意して必要書類を送り返せば、私の結婚活動がスタートするんだ。
それから数日後。学校帰りの電車の中で、スマホにあるメールが届いた。
筒井(つつい)美穂(みほ)さま
このたびは学生マリッジサポートにご入会いただきありがとうございます。
私は筒井さまを担当させていただくことになりました、アドバイザーの 久世(くせ)と申します。
(えっ……担当アドバイザー?)
お父さんとお母さんが入会の手続きをしてくれたのは知っていたけど、もう連絡が入るなんて思わなかった……!
入会の際に提出していただいた書類をもとに、筒井さまの基本情報を作成しています。
ログイン後にマイページからプロフィールをご確認ください。
なお、今後のご利用はweb、アプリどちらでもご利用できます。
ご不安やお悩みなどありましたらなんでもご相談ください。
これからお客様に素敵な相手が見つかるようサポートさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
学生マリッジサポート株式会社
マリッジアドバイザー 久世(くせ)晴(はる)Haru Kuse
(わぁ……)
ドキドキしながらメールを読み終えると、学生マリッジサポートのアプリをインストールした。
プロフィールを確認すれば、名前が「ツツイ」とカタカナで表示されている。
マイページ内のチャットには、アドバイザーからメッセージも届いていた。
「アドバイザーの久世です。今後のご連絡はこちらにさせていただきますので、これからよろしくお願いいたします。美穂さんからのご連絡もこちらからお気軽にどうぞ。素敵なお相手が見つかるサポートいたします。よろしくお願いします!」
そのメッセージを見て、ふっと頬がゆるんだ。
さっきみたいなビジネスメールは緊張するけど、これだとくだけていて、安心する。
あと……したの名前で「美穂さん」と呼ばれたことも、親しみをこめてくれた気がして嬉しかった。
(ええと、アドバイザーさんの名前は……)
もう一度名前を確認すると、 ”久世晴 Haru Kuse”と表示されている。
「(久世(くせ)さん、「はる」っていう名前なんだ。かわいい名前だな)」
頭にスーツ姿のかわいい女の人が思い浮かんで、小さく笑った。
どんな人なのかわからないけど……優しい人だといいな。
そんな淡い期待を胸にしつつ、活動を始める準備に入っていたある日、久世さんからメッセージが届いた。
「こんにちは。美穂さんの希望条件について、すこしお尋ねさせてください。お相手の条件がご両親からの条件ばかりなのが気にかかりまして……。美穂さん自身の条件があればお聞かせいただけませんか?」
「あっ……」
そうだった。
お父さんやお母さんが、一般家庭の人がいいとか、関東在住の人とか、いろいろ条件を書いていたな……。
横で見ていて納得していたから、自分では特に条件を書かなかった。
「うーん……」
結婚する人の条件、かぁ……。
クラスの子たちは「名門校の子がいい」とか、「身長が高い人がいい」とか話していたけど……私の条件はひとつだし……。
「こんにちは。私自身の希望は「好きな人」です。」
「ありがとうございます。ご希望の条件は「好きな人」なんですね。しかし、申し訳ありませんが、それがどのような人か想像がつきにくく……。ご希望をしっかり理解したいので、もうすこし詳しく教えていただけると嬉しいです。」
(あ……)
たしかに、ただ「好きな人」って言われても、イメージはつかないよね……。
反省してもう一度考えるけれど、初恋もまだのせいか、具体的には思いつかない。
「わかりづらいお返事してすみませんでした……。好きな人のことは具体的なイメージがつかなかったんですけど、私が結婚活動を始めたのは、親友が結婚したからです。その人のことがすごく好きって伝わってくるし……。私も25歳までにそういう相手を見つけたいんです」
「なるほど、そういうことだったんですね。それだとどういった人が美穂さんの好きな人になるのか、いろいろお話させていく中でつかませていただけたらと思います。よければお電話でお話させていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「えっ、電話っ……」
やっとやりとりに慣れてきたところだから、電話となると緊張する。
でも私のことを理解したいと思ってくれているからだと思うと、素直に「お願いします」と返事をした。
翌日、約束の午後5時ぴったりに知らない番号から電話があった。
ドキドキしつつ、そっとスマホを耳にあてる。
「もっ、もしもし……?」
「もしもし、筒井美穂さんでしょうか。学生マリッジサポートの久世です。こんにちは」
聞こえてきた瞬間、用意していたあいさつの言葉が飛んでしまった。
耳に届いたのは、やわらかい男の人の声で―――。
「……もしもし?美穂さん聞こえていますか?」
「あっ、はい。 き、聞こえています。あ、あの……久世晴(くせはる)さん、ですか……?」
えっ……まさかそんなこと―――。
こわごわ尋ねると、電話の相手はほっとしたようだった。
「はい、久世です。今日は美穂さんのことについて、いろいろお話してくださると嬉しいです」
その言葉に、一気に動悸が激しくなった。
(や、やっぱり、この人が今までやりとりをしていた久世さんなんだ……!)
どっ、どうしよう。
私、久世さんの名前を見て、勝手に女の人だと誤解してたから―――。
男の人だと思うと、頭の中が真っ白になって、スマホを握りしめたまま固まってしまった。