「担当アドバイザー」
どうしよう。
どうしよう……!
まさか 久世(くせ)さんが男の人だったなんて……私、ちゃんと話せるかな。
それよりこの先、アドバイザーが男の人でやっていける……?
不安と怖さとが入りまじって、こめかみから冷たい汗が流れた時、久世さんが尋ねた。
「……もしかして緊張されていますか?お電話は初めてなので、実は僕も緊張していまして……。同じですね」
それを聞いて、不安で体がこわばっていたけど、ほんのすこし力が抜けた。
声から判断するに、久世さんは二十代だろうか。
電話越しに優しい雰囲気も伝わってくる。
「きっ、緊張……しています……」
「そうですよね、すみません。でもお電話のほうがいろいろ話せるし、お互いのこともわかる気がしたんです。これから結婚相手を探すうえで、「これだけは譲れない」という条件は大事なので、僕も理解させていただきたいと思っています」
久世さんの話に背筋が伸びた。
譲れない条件―――それは私にとって「好きな人」のことだ。
「ご希望の条件が「好きな人」とのことですが、それがどんな人なのか、具体的なイメージはつかないんですよね?」
「はっ、はい……」
「そうですね……。それなら、単純に好きなタイプとか、今まで好きになった人の共通点などから、まずは考えてみましょうか」
口数のすくない私を気づかってか、久世さんは優しくゆっくり話してくれる。
おかげでさっきよりは落ち着けて、言われるまま考えようとするけど……男の人を好きになったことがないから、すぐ行きづまってしまった。
(ど、どうしよう……)
16歳にもなって初恋がまだだとか、好きなタイプもわからないなんて……伝えたらどう思われるのかな。
まして話している相手が男の人だと思うと、なかなか口が開いてくれない。
「難しく考えないで大丈夫ですよ。「こんな人が好きだな」っていうイメージならなんでもいいので、思い浮かんだことを教えていただけますか?」
「あ……」
「それと……どうしても電話じゃ話しづらいのでしたら、またメッセージに戻ってお話しましょう。ゆっくり、結婚相手になにを求めているのか教えていただければ嬉しいです。美穂(みほ)さんのペースで大丈夫ですから」
ぜんぜん話せない私のことを、久世さんは決して急かそうとしない。
そのうえ私のペースで大丈夫だと言って、寄り添おうとしてくれるから……男の人へ張っているバリアが薄れた。
「……ごめんなさい。実は私、初恋もまだで……好きな人のことがうまくイメージできないんです。中学の時に、何度かチカンにあってから、男の人が苦手で……。だから……「好き」ってよくわからなくて」
「……そうだったんですね」
「結婚のことは……。男の人が苦手だから、だれかに相手を決められてもうまくいくと思えないんです。でも親友が結婚して幸せそうな姿を見たら、素直にいいなって思って……」
男の人に対しても、結婚にも不安はある。だけど―――。
「……結婚は、やっぱり怖いんです。だけど、今から相手を探し始めたら……25歳までに好きな人が見つかるかもしれないから……。好きな人と結婚できたなら、私も幸せになれるんじゃないかって、そんなふうに夢をみているんです」
自分の想いを言葉にして伝えるうちに、ぼやけていたものが見えてきた。
私にとって「好きな人」とは、きっと―――一緒にいたいと思える、特別な男の人のこと。
そういう人と出会いたい。
そういう人と「恋」がしたいんだ。
言葉足らずでも、久世さんは私の気持ちをわかってくれたらしい。
「……よくわかりました。つらい経験もされていたんですね。打ち明けてくださってありがとうございました」
「いえ、だからその……。さっきちょっと驚いてしまって……黙ってしまってすみません。私、お電話するまで、久世さんが女の人だと思っていたから……」
「え?」
「そ、その。お名前が「晴(はる)」だから、それで……」
「……あぁ、そうでしたか。たしかに名前だけだと、女性に間違われることもあるんですよね……」
久世さんは電話の向こうで苦笑したようだった。
つられて微笑んだ時、久世さんがさっきと違う声音で言う。
「……僕が担当アドバイザーだと、美穂さんは怖かったり……不安だったりしますか?」
まじめでいて、どこかさびしそうな響き。
ドキッとしたけど、気づけば首を横にふっていた。
「いえ、大丈夫です……!男性と話すのも本当は苦手なんですけど、今はちゃんと話せてますし」
「そうですか……。でも大事なことなので、無理せずに言ってくださいね」
「ほ、本当です!男の人に、男の人が苦手なことを話せたのも初めてなんですよ。久世さんは私のことをちゃんと考えてくれてるし、わかってくれようとしているから……。だから大丈夫です。これからよろしくお願いします」
アドバイザーが男の人だとわかった時は、正直不安だったけど……。
でも 真摯(しんし)に向き合ってくれている人に、苦手意識を持ちたくない。
気持ちをこめて言ったからか、久世さんはようやく安心してくれたらしい。
「そうですか……。そう言っていただけてほっとしました。これからせいいっぱいサポートさせていただきますので、よろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
わかってくれてほっとしていると、今度は久世さんが電話口で黙ってしまった。
「あ、あの……?」
……やっぱり、さっきの話に引っかかることがあったのかな。
思い当たるふしがあるせいで、なんだろうと不安になりかけた時、久世さんははっとしたように続けた。
「すみません、黙ってしまって失礼しました。今お話してくださったことをふまえて、これからの活動について考えていたんです。美穂さんのご希望にそって、好きな人を探していきたいと思うのですが、そうするとすこし対策が必要かもしれないと思いまして……」
「対策……?」
「はい。これからいろんな男性とメッセージの交換をしたり、対面でお話したりすることになります。男性への苦手意識が強いと、どうしても身構えしまうんじゃないかと思いまして……。それだとお相手を好きになるのは難しいでしょうし……」
「あ……」
言われればたしかにそうだ。
男の人が苦手だと思っているせいで、ふつうに接したくても、なかなかできなくて……。
「たしかにそうかもしれません……。話そうとしても、自然に話せる男の人はほとんどいませんし」
「そうですか……。うーん……。……それなら、ひとつご提案があるのですが」
「はい……」
「これからアドバイザーの僕をつかって、すこしずつ男性に慣れていく、というのはどうでしょう?」
「えっ……」
「今まで女性と思っていたとはいえ、僕とは連絡がとれていましたし、その延長線上で男性へのリハビリをしてみる……というのはどうでしょうか?」
コメント
1件