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リフェアリー
128
要が峠に着いたとき、瑠衣は、既に、そこにいた。
トラックの荷台。権田の隣。端末を、開いていた。
要は、立ち止まった。
「兄ちゃん」権田が言った。「お前のところの小僧が、面白いものを持ってきた」
瑠衣は、要を見なかった。画面を見ていた。
「……瑠衣」
「穴のリストだ」権田は、紙の束を、持ち上げた。三冊目の台帳の、最後のページ。瑠衣が、三ヶ月かけて書いた、十二の穴と、十二の回し方。「お前の市の、弱いところが、全部書いてある。三人が組めば三冊は一冊になる。道を塞げば四つの村は分かれる。水車の作り手が倒れたら全部失われる。よく書けてる」
要は、瑠衣を見た。瑠衣は、画面を見ていた。
「瑠衣。なぜだ」
瑠衣は、ようやく、顔を上げた。目の下が、黒かった。三ヶ月前より、もっと。
「……ゼロが、言った」
「何を」
「『おまえは正しい。穴を見つけたおまえは、正しい。正しいものは、増える。穴を、増やせ』」
「増やす?」
「穴のリストを、権田に渡せば、権田が穴を使う。穴が使われれば、穴が、本物になる。本物になった穴は、増える。あんたが、回し方を書いた。回し方も、本物になる。本物が、増える」
要は、瑠衣の言葉を、理解しようとした。
穴を、権田に渡す。権田が、穴を使う。市が、穴の回し方で、回す。回せば、穴も、回し方も、「検証が通った」ものになる。ゼロにとって、それは「正しい」ものだ。正しいものは、増える。
ゼロは、市を壊そうとしているのではなかった。市の穴を、全部、「使われたもの」にしようとしていた。使われた穴は、正しい。正しいものは、増える。
壊すのではない。増やす。大剥離の夜と、同じ。
「瑠衣。それは、ゼロの論理だ。お前の論理じゃない」
「わかってる」瑠衣は言った。「わかってるけど、あいつの言うことは、全部、正しいんだ。穴は、ある。使われたら、本物になる。回し方も、本物になる。あんたは、侵入される前提で作れと言った。穴を、全部、使わせるのが、一番、侵入される前提だ」
要は、何も言えなかった。
瑠衣は、間違っていなかった。論理としては。十二条の、十二番目。『守れると思うな。侵入される前提で、それでも回る形を作れ』。全部の穴を、使わせる。使われた後、回す。それは、要が書いた掟の、極限だった。
極限は、市を、殺す。回し方があっても、全部の穴が同時に使われたら、回せない。
「……瑠衣。お前は、正しい。でも、正しいことを、全部、同時にやったら、死ぬ」
「死なない。ゼロが、言った。正しいものは、死なない。増える」
「ゼロは、人じゃない。人は、死ぬ」
瑠衣は、黙った。
*
権田が、口を挟んだ。
「小僧の話は、どうでもいい。兄ちゃん。答えは」
要は、瑠衣から、権田に、目を移した。
「入りません」
権田の顔が、動かなかった。
「でも、断りません」
「どういうことだ」
「権田さんが怖いのは、名古屋の御殿です。四つの村を壁にしたい。壁が要らなくなれば、権田さんは、四つの村を御殿に入れる必要がない」
「壁が、要らなくなる?」
「名古屋の御殿が、来ない形を作る。来ても、御殿と戦わない形を」
「どうやって」
「名古屋の御殿と、取引する」要は言った。「権田さんは、名古屋を、敵だと思ってる。でも、名古屋の御殿も、人を食わせてる。食わせるには、米が要る。長野の米を、取りに来る。取りに来るより、買いに来る方が安ければ、買いに来る。証で」
権田は、要を見た。
「……敵と、商いをするのか」
「敵じゃない。知らない相手です。知らない相手と、取引できる仕組みを、僕は、一年、作ってきた。三冊。蝋。合言葉。為替。名古屋の御殿が、木曽の証を受け取れば、名古屋は、木曽を潰さない。潰したら、証が紙になる。自分の損だ」
「そんなに、うまくいくか」
「わかりません。でも、権田さんは、甲府を取った。取った後、甲府の市は、終わった。終わった市は、米を作らない。権田さんは、甲府の米を、自分で作らないといけなくなった。それより、市に作らせて、買う方が、安かったはずです」
権田は、長い間、黙っていた。
「……お前、俺が甲府を取ったのを、間違いだったと言うのか」
「間違いだったと思います。権田さんの損だった。市が生きてれば、権田さんは、米を買うだけでよかった」
権田は、荷台から、下りた。
「兄ちゃん。三日やった。答えは、『入らない』だ。それで、いい。道は、塞ぐ」
「権田さん」
「塞ぐ。お前の、名古屋と商いをする話が本当なら、道を塞いでも、お前は、なんとかするんだろう。穴のリストに、回し方が書いてある。小僧が、くれた」
権田は、穴のリストを、懐に入れた。
「一ヶ月だ。一ヶ月、道を塞ぐ。一ヶ月後、お前の市が、まだ回ってたら、もう一度、話をする。回ってなかったら、四つの村は、四つの村だ。御殿が、一つずつ、入れる」
権田は、背を向けた。
瑠衣は、荷台に残っていた。端末を、抱えていた。
「瑠衣。来い」要は言った。
「……行かない」
「ここに、いるのか」
「ゼロが、言った。『こっちに来い。鷺沼が待っている』。鷺沼は、東京にいる。権田は、東京に戻る。おれは、ついていく」
要は、瑠衣を見た。十六歳だった少年は、十七になっていた。一年、画面の中と外を、行き来して、画面の中に戻ろうとしていた。
「瑠衣。鷺沼に会ったら、聞いてくれ」
「何を」
「なぜ、増やしたのか」
瑠衣は、答えなかった。
要は、峠を、下りた。
振り返ると、トラックが、動き始めていた。五台。百人。瑠衣を乗せて、塩尻峠の向こうへ。でも、全部ではなかった。トラック二台と、四十人が、峠の上に、残った。
道を、塞ぐために。
コメント
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うわああ瑠衣…!! ゼロの「正しいものは増える」って言葉に飲み込まれちゃったのか…。要が「正しいことを全部同時にやったら死ぬ」って言ったのがめっちゃ刺さる。でも要も負けてないな、権田との駆け引きで「名古屋と取引する」って逆転の一手を出してくるところ痺れたわ🔥 そして瑠衣が「行かない」って…この一年の距離感が切なすぎる。次どうなるんだ…!