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ロキに右肩の関節を外され、痛みで意識が朦朧としていた俺は、その後のことはほとんど覚えていない。 ただ、骨が完全に戻った後に、有言実行と言わんばかりに外された関節を綺麗に戻された。その際に走った激痛で、俺の意識は完全に覚醒した。
「ありがとう、藪のおっさん。おかげで骨も肩も綺麗に元通りだ」
俺はグルグルと腕を回す。右肩はロキが綺麗に外してハメてもらったためか、変な後遺症は残ってはいない。
「念の為、外した肩に変な癖がつかぬよう、特別に治癒魔法も施した。これで問題はなかろう」
ユーゼンは自身の髭を再び撫でながら、大きなため息をつく。
「お前さんみたいに騒がしい患者は、幼子くらいだ。……いや、幼子でも、もう少し静かだな」
「そりゃー、おっさんの治療が荒いからだろーなー」
俺とユーゼンは、互いに「はっはっはっ!」と笑い合う。……と、一瞬にして空気が凍りつく。
「二度と来るな! この若造が!!」
「言われなくても、こんな荒療治するところ! 二度と来ねーよ!!」
俺たちは「ふん!」と、互いにそっぽを向いた。
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八尋たちが近くの露店を見ている中、セージはユーゼンへと近づく。
「すみません、ユーゼン様。元はと言えば、全ては僕のせいなので……何かあったら、どうかあの方たちをお願いします」
そう言って頭を下げると、ユーゼンは片目でセージを見る。
「……まったく、神官様。アナタは本当に、お人好しな方だ」
ユーゼンは小さくため息をつくと、まるで孫を見る祖父のように優しい瞳でセージを見る。
「いいでしょう。アナタ様には今回だけでなく、今まで沢山の借りがある。それに、ウィングベルグ家がどれだけ圧力をかけようと。この街に住む者は皆、アナタのために惜しみなく力を貸すでしょう」
その言葉に、セージは瞳を大きく震わせる。目頭が少し熱くなるのを堪えると、静かに顔を上げて笑う。
「そう……言って貰えるだけで、僕はとても幸せ者です」
セージは軽くお辞儀をすると、八尋たちに合流する。
その背を軽く手を振って見送ったユーゼンは、険しい表情と声色で小さく呟く。
「アナタ様の残された未来と運命に、幸せがあらんことを……」
そう言って踵を返し、診療所へと戻ろうとした時。ユーゼンは八尋によって呼び止められた。
「何だ、もう怪我でもしたのか?」
「んなわけねーだろ、うちの妹じゃあるまいし」
「じゃあ何の用だ? 冷やかしなら、もう帰ってくれ」
「いやさ、一つ頼みがあるんだわ」
ユーゼンは首を傾げると、八尋はこう言った。
「おっさんの診断書と、その治療にかかった費用。それらの書類を一式書いて欲しいんだわ」
「……? なぜそんなものが必要なんだ? 治療費なら、すでに神官様から貰っておるぞ?」
「あー……なんと言うか、この街に来てからセージたちには世話になりっぱなしだからさ」
ユーゼンの言葉に、八尋は首の後ろをさすりながら答える。
「今は無一文で、金も何もないけど……俺は俺なりに努力して、必ずセージたちに借りを返したいんだよ」
そう言って、八尋は口元を緩めて笑った。
八尋の言葉に、ユーゼンは驚く。
幼いセージとロキの二人を知るユーゼンにとって、神官であるセージはまるで孫のようだった。
セージに対する、ウィングベルグ家からの扱い。そして生まれた時から与えられた運命を、時に哀れだとも思った。
その優しさから、時に付け込まれ、損をすることもあった。
それでも尚、セージは人を愛することをやめなかった。
そんなセージが連れてきた、見たことの無いと出で立ちと珍しい黒髪の人の子。
ロキほどではなくとも、セージの優しさに漬け込み、その権力と地位を悪用するのではないかと、ユーゼンは疑いもした。
しかし、実際はどうだろうか? この若者からは、そのような邪な考えは一切感じられない。
「……わかった。用意するから、少し待っておれ」
「おっ、マジで? 助かるよ!」
ユーゼンは診療所に戻り、引き出しから紙を取り出すと、直ぐに書き記した。
「ほれ、これでいいかな?」
「やっぱ、なんって書いてるかはサッパリだな……」
「お前さん、まさか文字が読めんのにワシに書かせたのか!?」
「あはは……まぁ、ねぇ……?」
八尋は苦笑いしながら、頬をかく。
そんな八尋の姿に、ユーゼンは深いため息を漏らす。
「もしワシが悪いことでも書いておったら、どうするつもりだったんじゃ?」
「いやいや、おっさんに限って、そんなことはしねーだろ」
「……なぜそう思う?」
八尋の言葉に、ユーゼンは首を傾げては問う。
一方の八尋は、首を軽く擦りながらこう答えた。
「おっさんの治療法どうこうは、この際置いといて。セージだけじゃなくて、あのロキも認めてるんだ。それに、こんなに腕の良い治癒師のおっさんが、悪いことをするなんて。宝の持ち腐れもいいとこだろ?」
八尋の意外な言葉に、ユーゼンは再度驚く。そして我に返ったユーゼンは、豪快に笑いだした。
「はっはっはっ! お前さん、中々面白いやつじゃないか!」
「えっ、何? 何なんさ……って、痛い!」
ユーゼンは八尋の背を何度も叩く。八尋は困惑しながら、されるがままだった。
「お前さん、名はなんというんだ?」
「え? や、ヤヒロ……神崎八尋だ」
「ヤヒロ……そうか、いい名だ。それでは改めて名乗ろう。ワシはユーゼン・ギークフォルグだ。もし何か困ったことがあったら、ワシを頼るといい。なーに、ワシはそこそこ顔が聞くでなぁ。お前さんたちの、ちょっとした手助けもできるだろうて」
「え? あ、あぁ……そうさせてもらうよ……って、痛い痛い痛い」
ひとしきり八尋の背を叩いたユーゼンは、満足そうに笑う。
八尋はただ、このユーゼンの豪快な笑いに、引きつった笑みで対応するのだった。
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そんな彼らの光景を、【光】はじっと静かに見ていた。
小さな【光】はフヨフヨとその場で軽く漂うと、そのまま薄暗い路地へと消えていったのだった――――――。