「……遥……っ、なんで、ここに……」
しゃくりあげる声が止まらない。遥は何も答えず、ただ乱暴に私を抱き寄せた。
雨に濡れたジャージ越しに、ドクドクと速い彼の心臓の音が伝わってくる。それは、いつも喧嘩している時の彼からは想像もできないほど、必死で、温かい鼓動だった。
「……離して。……今、ひどい顔してるから……見ないでよ……」
「離さねーよ。……お前が泣き止むまで、絶対離さねえ」
遥はさらに力を込めて、私の頭を自分の肩に押し当てた。
いつもは憎まれ口ばかりで、私の恋を邪魔してくる存在だと思っていた。なのに、今、私の震えを止めて、空っぽになった心に熱を注いでくれるのは、彼の大きな手だった。
「あいつは、お前のことをちっとも見てねーよ。……お前がどれだけあいつのために頑張って、どれだけ綺麗になったか……、何一つ分かってねーんだよ」
遥の声が、耳元で切実に響く。
凌先輩に「妹」と突き放されて凍りついた私の心が、遥の怒りに似た熱い言葉でじわじわと溶かされていく。
「……もう、あいつのために泣くな」
遥が私の肩を掴んで、ゆっくりと顔を離した。
濡れた前髪の間から見える彼の瞳は、いつもの意地悪な色ではなく、痛いほど真っ直ぐに私を射抜いていた。
「……俺なら、そんな顔させないから」
その言葉は、雨音を切り裂いて私の胸に深く突き刺さった。
ずっと隣にいたはずの「もう一人の加賀美くん」が、初めて一人の「男の子」として、私の心に踏み込んできた瞬間だった。
――その時。
少し離れた場所で、傘を差したまま立ち尽くす凌先輩が、雨の中に溶け合う二人を、言葉を失ったように見つめていることに、私はまだ気づいていなかった。






