テラーノベル
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俺は浜辺を歩いている。なぜ歩いているかといえば、春に越してきた家の近くに浜辺があったからで、一人で歩いているのではなく、父と一緒である。
父は俺を見ながら言った。
「月夜の浜辺って詩を知っているか?」
「あー、教科書で習った」
「中原中也を中学生に習わせるとは、日本もなかなか捨てたもんじゃない」
「それは誰目線のコメントなんだ? 」
俺の問いかけに答えることなく、父は月夜の浜辺を歩いてゆく。
ボタンでも落ちているんじゃないかな、と父は腰をかがめて砂浜を覗く。俺も真似て地面を眺めてみる。そこにはもちろん砂があった。わかっていたけどボタンはなく、腰が痛いので俺は一度伸びをし、また前へ進む。
「それにしても、綺麗な海岸だな」
父は伸びやかに言う。
「年がら年中、解放されているらしい。いつでもここに来れるってさ」
「ほう。それはなかなか嬉しい。特別感は薄まってしまうけどな」
父は軽く笑う。そしてまた、話し始める。
「月は、地球に近いんだ」
「急になんの話?」
「だからみんな、月のことはよく知っているだろ?」
また父は俺の頭に浮かぶハテナマークを素通りし、言葉を連ねてゆく。
「月は地球に近くて、夜空を見上げればだいたい、そこにあるじゃないか。だから、月にはウサギがいるなんてことが言われるんだよ。そうやってみんな詳しくなっていくんだ」
父の言っていることがあまり理解できない。俺はとりあえず考えるのをやめてみる。分からないことを考えるのは、生産的じゃないから。いや、努力はすべきだけれども。
「なあ、たとえば火星は、知っているか?」父が俺に問う。
「まあ、太陽系の惑星は全部言えると思う」そんなの誰でも言えるだろうに、と。
「じゃあ、それぞれの惑星についての情報をどのくらい言える?」
なるほどそう言われると、全くもって思い浮かばない。俺がバカなだけな可能性が高いが、俺が分からないということは疑いようがない。
「ダメだ。全く分からん」
「それはなぜだと思う?」
「俺が頭悪いってこと?」
「そうじゃない。お前は俺の子供だから頭はとてつもなくいいはずだ」
父は謎の自信を恥ずかしげもなく振りかざす。
父は波の音にのせるように話し続ける。風もなく穏やかな夜だ。彼の声は響く。
「見えないものについては、みんなよく知らないんだ」
「ん?どゆこと?」
「見えているもののことばっか、俺たちは知っていくんだよ。だから、見えづらいところにあるもののことは、あんまり知らない。海王星や天王星なんて、お前も全然詳しくないんじゃないか?ましてや太陽系の外の星なんか、ずっと前からあるのに誰も知らないものもあるだろう」
「地球から遠すぎて、研究のしようがないんじゃない?」
「確かにそうだ。でも、知ろうとすれば知れることは、たくさんあるだろう?だから」
「だから?」
「それらを知らなければならないんだ」
「天王星や、海王星のことを?」
「違う。全部だ。この世にあるもの全部。この世にいる人全部。太陽系のことを、天の川のことを、銀河、ブラックホール、宇宙の果てまで。すべて知らなければならない。見えてないもののことまで考えて、知っていくんだよ」
「つまり俺に、そーゆー人になってほしいってこと?」
「今のお前に求めることは、みんなが見えてない星があることを、知っておくことだよ」
月は輝いている。その光は太陽の光の反射だったか、と思い出す。しかし、今も輝いているというのに、太陽の姿は見えなかった。こんな風に、誰かを照らしているのに。夜は更け、気温は下がり、大きな風が吹く。俺と父はくしゃみをしながら家のドアに駆け込んだ。
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