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#戦国時代
眠狂四郎
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#戦国時代
眠狂四郎
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眠狂四郎
153
数日後――。
二通の返書が、それぞれ別の使者によって届けられた。
一通には、ただ一言。
「承知した。」
もう一通には、静かにこう記されていた。
「それはできない。」
書かれた文字はわずかであった。
だが、その短い言葉は、どれほど長い檄文よりも重かった。
一人は進むべき道を得た。
一人は退く道を失った。
やがて世界は、この二通の返書がもたらした結末を知ることになる。
二人の運命は、この瞬間に決した。
北からの陸路はスピリタスが、西からの海路はアグリが、
それぞれイージプ王国を目指して進軍していた。
マエクスの工作は着実に実を結び、
イージプの属州は次々とグラン王国へ恭順の姿勢を示す。
各地の城門は自ら開かれ、補給路も確保されていた。
進軍は驚くほど順調だった。
ただ一つ――。
バルカの守る西端の属州、スパルーニャ。を除いて。
スピリタスは海軍へ命じた。
「スパルーニャを海上封鎖せよ。」
「港へ出入りする船は一隻たりとも見逃すな。」
副官がうなずく。
「連絡を断つのですね。」
スピリタスは静かに目を細めた。
「今、あの男に戻られても困る。」
途中、アンゴラ要塞が駐留軍の裏切りによって陥落したのち、
行方のしれなかった陸軍大将カニデスがその部下に討たれたとの知らせがはいる。
さらに、アントン自ら軍を率いてアグリへ挑んだものの、敗北。
追い打ちをかけるように、シャチトル配下のセレスは、
イスカンダル最後の守りとなる要塞ペルシアンを無血開城した。
一つ、また一つと、イージプ王国を支えていた柱が崩れていく。
太陽は西の空へ傾き、ゆっくりと地平の彼方へ沈もうとしていた。
イモホテップは静かに天を仰ぐ。
「……ラーよ。」
その光は、王国の命運を映すかのように、赤く世界を染めていた。
イモホテップは、ラーを祀る神殿でシャチトルへ最後の別れを告げようとしていた。
静かに懐から小さな杯を取り出し、女王へ差し出す。
「これを。」
シャチトルは杯を見つめた。
「……これは。」
「苦しまずに逝けます。」
しばらく沈黙が流れた。
やがてシャチトルは、小さく笑った。
「……負けちゃった。」
頬を伝う涙を指先で拭いながら、どこかあどけない笑顔を浮かべる。
その笑顔を見た瞬間、
イモホテップは胸の奥から込み上げるものを押さえきれなかった。
この少女は、生まれた時から女王として生きてきた。
恋を知ることも、自由に泣くことも許されず、ただ神と国のためだけに歩み続けた。
「……バルカは、間に合いますまい。」
ようやく絞り出した声は震えていた。
「ライナー王の条件は、とてもお受けできるものではありません。」
「わかっています。」
シャチトルは静かにうなずくと、控えていた侍女へ目を向けた。
「アントンに……先に行っている、と伝えて。」
侍女は涙をこらえながら深く頭を下げる。
シャチトルは一度だけイモホテップを見つめると、
ラーの神殿の奥へ、静かに姿を消した。
イモホテップは、あらかじめ用意させていたものを静かに確かめると、
神殿に残っていた者たちをすべて退去させた。
やがて、一人になった神殿で、足元の油壺を蹴り倒す。
壺は砕け、油が床一面へ流れ広がった。
イモホテップは燭台を手に取る。
「……ふっ。」
小さく笑うと、その炎を油の海へ投げ落とした。
轟音とともに炎が駆け抜ける。
柱を、壁を、天井を、瞬く間に紅蓮が包み込んだ。
「はは……。」
「ふははははは!」
「何が神だ!」
炎を見上げ、イモホテップは叫ぶ。
「ラーよ! なぜ、あの子を見捨てた!」
「神の加護で人は生きるだと?」
「違う。」
「神を支えてきたのは……我々だ。」
「神殿を築き。」
「祈りを捧げ。」
「供物を献じ。」
「神の名を語り続けた。」
「我々こそが、神を支えていたのだ!」
イモホテップは吐き捨てるように笑った。
「くだらぬ。」
「神など……くだらぬ。」
炎は神殿を飲み込み、ラーの時代は静かに終わりを迎えた。
アントンは帰陣すると、王都の空を焦がす炎を見た。
「あれは……神殿か。」
胸騒ぎが走る。
「シャチトルはどこだ!」
王宮の者へ詰め寄る。
「イモホテップ様とともに、ラーの神殿へ向かわれたはずです。」
アントンは馬を降りることもなく、炎の中へ駆け出した。
燃え盛る柱をくぐり抜け、歴代の王が眠るマウソレウムへ辿り着く。
しかし、重い石扉は固く閉ざされていた。
「シャチトル!」
何度叩いても返事はない。
アントンは静かに剣を抜いた。
「……待たせたな。」
そう呟くと、ためらうことなく腹へ突き立てた。
その頃、マウソレウムの奥では――。
扉の向こうから鈍い音が響いた。
「……今の音は?」
侍女が耳を澄ませる。
「女王様……外で何か。」
「開けて。」
石扉がゆっくりと開く。
そこには、血に染まりながら横たわるアントンの姿があった。
「ああっ……アントン!」
シャチトルは駆け寄り、その身体を抱き起こす。
アントンはかすかに目を開き、微笑んだ。
「……我が妻よ。」
「眠い。」
「寝る前に……ワインを持ってきてくれないか。」
侍女が震える手で杯へワインを注ぐ。
シャチトルは杯を受け取り、そっとアントンへ差し出した。
だが、その手はもう動かなかった。
杯は静かに床へ落ち、赤いワインが石畳を染める。
アントンは、そのまま安らかな表情で息を引き取った。
シャチトルは、静かにアントンの頬を撫でた。
「……おやすみなさい。」
涙を拭う。
そして立ち上がると、その瞳にはもう迷いはなかった。
「ライナー王と会います。」
侍女たちは息を呑む。
「女王様……。」
「支度を。」
その声は、最後までイージプの女王としての威厳を失ってはいなかった。
コメント
1件
いや、もう……胸がぎゅうぎゅうするわ。アントン最後までかっこよすぎるだろ。「待たせたな」の一言であそこまでやれるのは、マジで漢の中の漢だよ。シャチトルとイモホテップ、神殿ごと燃やす覚悟も重すぎて泣ける。ラーへの叫び、めっちゃ刺さった。神を支えてきたのは人間だって台詞、この話のテーマそのものだよな…。次、ライナーとどう決着つけるんだろう。続きが気になって仕方ない🔥