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読了しました。この第45話、神々の寓話とライナーの物語が静かに重なる構成が美しかったです。ゼウスが父と同じ恐怖に蝕まれる循環と、プロメテウスの「神ではない」という最後の呟きが強く印象に残りました。王座が呪いのように描かれる哲学的な深みと、人間・ライナーの「金貨一枚、麦一袋」の現実的な苦労が対比になっていて、世界観に厚みを感じます。シャチトルとアントンの最期の場面も、描写が簡潔だからこそ余韻が深いですね。
世界を統べる神クロノスには三人の息子と一人の娘がいた。
雷神トール。
海神ポセイドン。
天神ゼウス。
そして太陽神ラー。
しかしクロノスは予言を恐れた。
――いつの日か、自らの子に滅ぼされる。
神は恐怖し、我が子を次々とその腹へ飲み込んだ。
だが末子ゼウスだけは違った。
母は石を布で包み、ゼウスの代わりに差し出した。
クロノスはそれを飲み込み、欺かれたことに気づかなかった。
やがて成長したゼウスは父へ戦いを挑む。
天は裂け、海は荒れ、雷は世界を焼いた。
そしてゼウスは父を討ち、神々の王となった。
ゼウスは兄妹たちを解放し、
父クロノスを打ち倒した。
そして世界を分け与えた。
雷神トールには大地を。
海神ポセイドンには海を。
太陽神ラーには空を。
そして自らは天を治め、
神々の王として君臨した。
神々はそれぞれの地で栄え、
世界は長き平和を迎えた。
だが――
ある日から、ゼウスは同じ夢を見るようになる。
玉座の上で首を垂れる自分。
足元には砕けた雷霆。
そして闇の中から伸びる無数の人の手。
王よ。
次はお前の番だ。
その囁きとともに、ゼウスは目を覚ます。
額には冷たい汗が滲んでいた。
父クロノスもまた予言を恐れた。
そして滅びた。
神々の王となった今、
ゼウスは初めて理解する。
王座とは、座った瞬間から奪われることを恐れる場所なのだと。
黒い岩山。
永遠の罰を受ける神は、今日も鎖につながれていた。
両腕を縛る神鉄の鎖。
砕けることなく、外れることもない。
風が吹き荒れ、雲が流れていく。
その前に、一人の神が立っていた。
神々の王ゼウス。
黄金の冠を戴く天空の支配者。
だが、その顔にはかすかな疲労が浮かんでいた。
「言え、プロメテウス」
低い声が響く。
「我を殺すのは誰だ」
「私の作った秩序に従わぬものは誰なのだ」
鎖につながれた神は顔を上げた。
そして鼻で笑う。
「ふん」
かすれた声だった。
「知らんな」
「嘘をつけ」
ゼウスの目が細くなる。
雷鳴が遠くで轟いた。
しかしプロメテウスは動じない。
「知らぬと言った」
「ならば聞き方を変えよう」
ゼウスは一歩近づいた。
「この悪夢は何だ」
「なぜ我は滅びを見る」
沈黙。
やがてプロメテウスはゆっくりと口を開く。
「夢に怯えるか」
その声音には哀れみすら混じっていた。
「父クロノスを笑えぬな」
ゼウスの拳が震える。
「答えろ」
「答えぬ」
プロメテウスは空を見上げた。
流れる雲の向こう。
はるか未来を見るように。
「夢におびえる哀れな王よ」
「永遠に悪夢にさいなまれるがいい」
「それがお前への罰だ」
風が吹いた。
ゼウスはしばらく黙っていた。
怒りで震えているのか。
それとも恐怖か。
やがて神々の王は背を向ける。
去っていくその姿を見ながら、
プロメテウスは小さく呟いた。
「……だが安心しろ」
「お前を滅ぼすのは神ではない」
その言葉は風に消えた。
ライナーはイスカンダル包囲の完成を受け、海路イージプへ向かっていた。
穏やかな風が帆を膨らませる。
「しかし、ライナー王は退屈しませんな。」
同じ船に乗るオーストリア先生が、くすりと笑った。
「何がですか。」
「神々は借金をして戦争などしませんよ。」
ライナーは苦笑する。
「アグリにも言われました。」
「これ以上重税を課せば、民がいなくなりますよ、と。」
オーストリア先生は声を上げて笑う。
「それこそ、人間らしい。」
「神々は雷一つで山を砕きます。」
「ですが人は、金貨一枚、麦一袋を積み重ねなければ軍は動かせない。」
「それでも神々は人を恐れるのですか。」
ライナーが何気なく尋ねる。
オーストリア先生は少しだけ笑みを消した。
「ええ。」
「だからこそ、恐れるのでしょう。」
ライナーは、ついにイスカンダルの土を踏んだ。
イモホテップが神殿へ火を放つ、二日前のことである。
季節は、夏の終わりを迎えようとしていた。
マウロソスは、イモホテップが配置した百名の死兵とともに、
女王を守るため神殿を固く守備していた。
やがて神殿から炎が立ち上る。
しかし、マウロソスの防衛線は微動だにしなかった。
「ご報告します。」
「先ほど、神殿の女王陛下より使者が参りました。」
「ライナー王と話し合いたいとのことです。」
ライナーは静かに問い返す。
「……アントンは、あの中にいるのか。」
「おそらく。」
ライナーは迷わず立ち上がった。
「会おう。」
「何を恐れることがある。」
この歴史的な会談について、グラン王国の公式記録は一切その内容を伝えていない。
何が語られ、何が約束されたのか。
それを知る者は、もう誰もいない。
ただ一つだけ、後世へ伝わった事実がある。
ライナーは、女王の最後の望みをすべて受け入れたこと。
そしてシャチトルは、何一つ答えることなく、静かに神の国へ旅立ったことだった。
シャチトルは、自らアントンの葬儀の支度に立ち会った。
棺へそっと手を添え、眠るようなその顔を見つめる。
やがて身をかがめ、最後の口づけを交わした。
「……さようなら。」
その声を聞いた者はいなかった。
翌日――。
ライナーは、女王の遺言を実行した。
「アントンと同じ墓へ眠りたい。」
その最後の願いは、勝者であるライナーによってかなえられた。
神々の国は、その日静かに幕を閉じた。
人だけが、そこに残された。
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