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「愛している」
二月のはじめだった。春と言うにはまだ早い、手先がかじかんで、鼻も少し赤くなるような、季節の狭間。まだつぼみの桜の木の下で、同室は呟いた。一瞬、幻聴かと思った。だって、そいつが人間に恋心を抱くだなんて、考えられなかったから。それだけで頭の中はいっぱいなのに、まさか、俺にその言葉を、「愛している」なんて台詞を吐くなんて、考えるはずもない。だから、知りたくなった。あんなにも美しい人間を恋に落とすような人間とは誰だろうかと、気になってしまったのだ。気になってしまうのが人ってものだ。その欲望を抑えられないで見てしまったのが、きっと、良くなかったのだと思う。
振り向いた時に見えたその顔には、やってしまった、と大きく書かれていた。目は大きく見開き、涙は今にもぼろぼろと零れ落ちてきそうだ。思わず小さな時と同じように、今にも崩れ落ちそうなそいつに駆け寄った。もう十六になる、同い年の男に。
そいつは俺に謝りつづけた。「すまない、伝える気はなかったんだ、忘れてくれ。すまない、すまない」と。完璧な男だと評されるこいつがこんな姿になってしまうなんて、恋とかいうものは残酷だなあ、などと他人事の様に考えていた。
最後まで、俺はそれを、忘れられなかった。
あいつは十九で死んだ。俺の元に届いたのは、紙切れ一枚とあの日やった手拭い一つ。追い詰められて敵諸共自爆したと、そう書かれた手紙を見たって、俺には実感は湧かなかった。俺たちが最後に会ったのは、卒業の日のままだった。あいつは、たった四年しか生き延びられなかったのだ。この戦乱の世で。
横に置いた手拭いが視界に入る。ふと、ひとつの仮説にたどり着いた。俺は、分からなかっただけなのではないか。俺は三禁を守り続けていたし、何より男同士だった。衆道だって忍びにはそこまで関係はなかった。でも多分、あの日のあいつと同じ気持ちなんだろう。だってそうでもなければ、目頭が熱くなって、心臓が穴が空いたように痛くなって、今すぐにでもあいつの、立花仙蔵の元に行きたいと、忍びである俺が思うはずがないのだ。今気づいても、もう仙蔵はいないのに。あのとき、あのときに。気づいていれば。
ああ。
「忘れられたらよかったなぁ。」