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森の中に建てられた館は、その立地の関係からそこまで大きいとは言えない。街からは馬車を走らせて1時間ほどの距離があるので、建築資材の搬入にも苦労したことだろう。それでも、この辺鄙な場所の建造物としては立派な物ではあった。
館の一階は観音開きの玄関扉を入ると広々としたホールが主だった空間で、猫がお気に入りのフカフカのソファーセットは入口のすぐ前に、十人は座れる大きなダイニングテーブルは部屋の中央に、可憐な猫足の付いたティーテーブルは窓際に配置されていた。壁一面に埋め込まれた棚には、以前は部屋中に散乱していたはずの書籍が整然と並べられている。
その他、調理場や物置部屋、調薬の為の作業部屋、マーサが使用している使用人部屋はその広い空間に隣接していた。使用人部屋は全部で三つあったが、奥の二つは今は空き部屋だ。
二階は完全な個室だけが六部屋ほど。一番奥はベルの主寝室として、階段を上がってすぐは葉月と猫が使っていた。どの部屋もそれぞれに浴室等が兼ね備えられ、マーサの手によっていつでも来客を受け入れられる準備が整っている。
今まで葉月が把握していた空間は、これらが全て。ホールから続く階段は二階までしかない。けれど、外から館を見上げてみると、二階のさらに上にも窓があるので、確実に上の階があることは分かっていた。
でも、上がり方が分からなかった。二階よりも上へと続く階段を見たことが無い。
「こんなところに……」
ずっと疑問に思っていたことが、今、解決した。屋根裏へと続く階段は、ベルが主寝室として使う部屋のクローゼットの奥にあった。他よりも一回りほど小ぶりな扉を押すと目の前に現れた。
「キャッ!」
階段脇に設置されている照明具に明かりを灯すより前に、何かが足元をすり抜けていき、葉月は思わず声を上げた。
「みゃーん」
「もうっ、ビックリした!」
視界が明るくなると目に入って来たのは、階段をすでに数段上がったところで得意気に尻尾を伸ばして振り向いている愛猫の姿。いつの間に付いて来たのだろうか。先頭を切ってどんどん上って行く。
「ふふふ。くーちゃんも探検が好きなのかしら」
さすがにマーサの手もここまでは届いていないようで、階段に溜まった埃には小さな足跡が点々と残されていた。
狭い階段を上り切ると、仕切りの無い屋根裏部屋が広がっていた。窓があるのでそこまで暗くはないし、照明具もきちんとある。露出した柱と、やや天井が低いかなというくらい。所狭しと木箱や袋などが積み上げられ、布に包まれた状態の家具なども確認できた。
「一応は分けて置いてあるはずだから、大鍋はあちらかしら?」
手近な箱の蓋を開けて中を覗いていたベルが、少し先で調理具と書かれた木箱を見つけたみたいだった。
「くーちゃん、あまり触っちゃダメだよ」
箱や袋をクンクンと匂いを嗅いでみたり、木箱の角に身体を擦り寄せてみたりと目に付く物に次々に興味を示している。ごちゃごちゃと積み上げられた荷物の山に飛び乗ったりと、なかなか楽しそうだ。
布や箱で隠れているから大半の中身は分からないけれど、その外箱自体にも歴史を感じる物が多かったり、布に隠し切れず見えている家具の凝った彫刻だったりと、物珍しさに葉月もずっとキョロキョロしていた。
ベルが調理具の入っているらしい箱の中からお目当ての大鍋を見つけ、それを抱えて葉月達の元へ来た時、猫が傍の木箱の一つにカリカリと爪を立てた。
慌てて葉月が止めると、今度は箱の角に擦り寄ったり、上に乗ったりと、とにかくその木箱から離れようとしない。
「その箱が気になるのかしら?」
「何が入ってるんですか?」
箱の側面に記載された文字を確認してから、ベルは埃の溜まった木箱の蓋を持ち上げた。
「父の冒険者時代の荷物みたいね」
「ベルさんのお父さん、冒険者だったんですか⁈」
今は王都で宮廷魔導師をしているとは聞いていたが、冒険者だったというのは初耳だ。箱の中を覗いてみると、確かにそれっぽいローブや杖など一式がまとめられていた。猫はしきりにそれらの匂いを嗅いで、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「くーちゃん?」
他の荷物にはここまで反応していないので、この箱には何かあるのだろうか? ベルの父の荷物は他にもたくさんあるはずなのに。
くーの様子を見ながら、ベルも首を傾げて考えていたが、ふと思いついたようだった。
「父の契約獣の匂いが残ってるのかもしれないわね」
「お父さんの契約獣って、何だったんですか?」
「冒険者時代に一緒だったのは、虎らしいわ」
今は居ないみたいなんだけどね、と付け加える。ベルが生まれる前の話だから、彼女も実物は見たことはない。くーが同じネコ科だから反応しているのだとしたら納得だ。
確か、冒険譚が書かれていたはずよと、父の荷物をゴソゴソと探ると、ベルは一冊の本を葉月の手に乗せた。
まだ文字は勉強の途中なのですらすらとは読めないが、表紙に書かれた題名だけはどうにか読めた。
”虎とはぐれ魔導師”
「名前は確か、ティグだったと思うわ」
「みゃーん」
そうだとでも言うように、猫は一鳴きした。