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◇ ◇ ◇ ◇
あの後も早紀主導の行為が続いたが、昴は一度も絶頂に達することはなかった。一応機能していただけ良かったが、勃ちもしなかったらどうなっていただろう。考えるだけ怖かった。
その上、
「六時から人と会う約束があるから、五時には帰って」
と帰らざるを得ない事を言われてしまった。
美味しいはずの食事は冷めていて、高いワインはすでに|温《ぬる》くなり、昴をがっかりさせたのだった。
これから会うという人間は、仕事関係の人だろうか。それとも早紀さんの性欲を満たすため男だろうかーー今まではそんな事を考えては悔しくなっていた。しかし今日は違っていた。彼女に会えたのに、満たされなかった感情と、疲労感がどっと昴を襲い、心に虚無感を与えたのだ。
重たい足取りで家に到着し、七香の部屋を見てみるがあかりは灯っておらず、まだ帰っていない様子が窺えた。
何故か昴の足は七香の部屋の前で止まる。自分の部屋に戻りたくなくて、彼女の部屋の前に座り込んだ。
行きはあんなに意気揚々と部屋を出たのになーー苦笑いをしながら、膝に額を押し付ける。心の中で、七香に早く帰ってきてほしいと願っていた。
「昴くん?」
心で呟いた願いが、幻聴となって現れたような、そんな絶妙なタイミング。まさかと思いながら顔を上げた昴の目に、七香の姿が飛び込んできたのだ。
「どうしたの? っていうか早くない?」
「七香の方こそ、早くない?」
「私はもともとこの時間の予定だったよ。夕飯は食べた? 今から作るから、食べていってもいいよ」
七香は笑顔でそう言いながら鍵を開けると、昴の手を引いて立たせようとする。その時ハッとしたように目を見開くと、満面の笑みを浮かべた。
「あら、ブルーのシャツにしてくれたの? うんうん、やっぱり似合ってる」
七香の言葉に、昴の中の何かが音を立てて崩れ始めたのだ。彼女の後について部屋に入った途端、七香を壁に押し付けてキスをした。
「ちょっ……昴くん⁈」
抵抗出来ないよう体を抱きしめ、彼女の唇を貪りつづける。
七香は一瞬抵抗したものの、すぐに昴を受け入れてくれ、彼のキスを受け入れるように口を開けた。そこへ舌を挿入し、彼女を求め続けた。
「……七香としたい……ダメ?」
一瞬彼女の体の強張りを感じる。
「自棄になってるように見えるけど、早紀さんと何かあったの?」
何かあったわけではない。何も感じなかったのだ。
「何もない。ねえ七香、しようよ……」
「ダーメ。それはしないよ」
プイッと顔を背けた七香を再び自分の方に向かせてキスをした。
「昴くんとは一線を越えないって決めてるの。だって私たち、友だちでしょ? 友だちはセックスなんかしないもの」
「七香、硬すぎ」
「そんな事ない。これが普通だよ」
「でもキスは許してくれるんだ?」
七香の瞳が揺れたことに気付いた。わかってる、これは彼女の優しさ。俺が傷ついていると思って慰めてくれているだけ。だって彼女が好きなのは、早紀さんを好きな俺だからーーその優しさに甘えても、彼女は突き放さずに受け止めてくれるのだ。
「昴くん……」
「ん?」
「……不本意だけど、仕方ないからコレあげる」
七香は手に持っていた家の鍵を昴に手に載せる。ミニチュアのカメラ型のキーホルダーがついていて、いかにも七香らしいものだった。
「合鍵?」
「基本はインターホンを押してからだからね。裸だったりしたら大変だし……。それに昴くんの部屋のをもらったから、まぁお返しみたいな……」
「いいの?」
七香が頷くと、昴は彼女を力いっぱい抱きしめた。言葉にならない喜びが身体中を駆け巡っていく。
「ただ、もし悪いことに使ったら即刻回収だから」
「大丈夫。夜這いはしません」
「それ、絶対にしたらダメなやつだからね。さっ、ご飯作るからそろそろ離してくれる?」
言われるがまま手を離した昴は、手の平の上で輝く七香の部屋の鍵を眺めながら、思わず頬が緩んだ。先ほどまで感じていた虚無感が一気に消え、穏やかで温かな気持ちに包まれた。
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白山小梅
12
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