テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
休憩室でそう言ったら、何人かが曖昧に笑った。否定もしないし、肯定もしない。そういうときの沈黙は、だいたい答えだ。
前は違った。
分からないことがあれば聞けばよかったし、困っていれば向こうから声をかけてくれた。ミスをしても、私が上司に呼ばれる前に、さっと間に入ってくれることもあった。
正直、助かっていたと思う。
でも最近は、聞かないと何も言わない。
頼むと、一拍置く。
「今日は無理」と、普通に言う。
別に、怒っているわけじゃない。声も表情も穏やかなままだ。ただ、前みたいに“先回り”しなくなっただけだ。
それが、こんなに居心地悪いとは思わなかった。
昼休みも、あの人は一人で過ごすことが増えた。スマホを見ているわけでもなく、誰かを避けている様子もない。ただ、そこにいる。以前みたいに、誰かの隣に自然に収まらない。
私は声をかけようとして、やめた。
理由はよく分からない。
話しかけて、何かを頼む流れになるのが、急に怖くなったのだ。
前は、そんなこと考えなかったのに。
「最近、忙しいんですか?」
思い切って聞いたとき、あの人は少し驚いた顔をしてから、首を振った。
「忙しくはないよ。前と同じ」
じゃあ、何が変わったんだろう。
変わったのは、たぶん私たちのほうだ。
あの人が“やってくれていたこと”を、仕事だと思っていなかった。
好意とか、性格とか、そういう曖昧なものだと思っていた。
だから、なくなったときに文句の言いようがない。
冷たくなったわけじゃない。
ただ、近くなくなっただけだ。
それに気づいたとき、私は初めて、自分がどれだけ近づきすぎていたのかを知った。
あの人は、もともとそういう人だと思っていた。
出しゃばらないけど気が利く。
誰の味方というわけでもなく、でも結果的に場が丸く収まる。
私とは少し距離があって、それがちょうどよかった。
だから、変化に気づくのが遅れた。
頼まれごとを断るようになったことも、雑談に参加しなくなったことも、「余裕がなくなったのかな」くらいに思っていた。
ある日、ふと気づいた。
あの人、私に何も頼まなくなったな、と。
以前は、ちょっとした確認や愚痴を投げてきたのに。
今は、仕事の話しかしない。
たぶん、線を引かれたのだと思う。
分かっているつもりで、一番、何も見ていなかったのは私だった。
評価はしていた。
仕事ができる。空気を読める。調整がうまい。若手のフォローも自然だし、感情的になることもない。
人柄も、穏やかで信頼できると思っていた。
管理職としては、非常に助かる存在だった。
だから、最近の変化には少し困っている。
頼めばやってくれるが、即答ではない。
理由もきちんと説明される。
反論も、丁寧だ。
間違ってはいない。
むしろ、正しい。
ただ、前のような“融通”がきかなくなった。
気づいてしまった。
私は、彼女の善意を、業務の一部だと勘違いしていた。
評価はしていた。
でも、守ってはいなかった。
別に、何も変わってないと思う。
頼めば引き受けてくれるし、断るときも理由を言う。
雑談だって、したければしてくれる。
ただ、無理をしなくなっただけだ。
ランチに行く日もあれば、行かない日もある。
それを気にしなくなった。
前より静かで、前より楽だ。
たぶん、あの人は「イイ人」をやめただけ。
同僚でいることを、選び直しただけだ。
私は、その隣にいられるなら、それでいい。