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また学校のベランダで、湊音は気怠そうにしていた。左手に持つスマホには明里からのメールが届いている。
婚活パーティーから二週間が経過し、その後二回、明里の部屋で会い、二回ともセックスをした。愛情のない関係だが、明里は湊音にかなり惚れ込んでいる様子だ。
『こんな僕のどこがいいんだろう。会話も適当に返してるだけなのに……』
湊音にとって、明里は特にタイプではなく、6つ年下という年齢差もあり、甘えてくる彼女にどう対応して良いのか分からなかった。
「おいー、湊音先生。ここにいたのか。剣道の稽古、つけてやるぞ」
突然、大島が顔を出した。
「やめてくださいよ、腰痛めてしばらくは勘弁してくれ」
「ストレッチ怠けてるからだろ。それとも婚活パーティーで持ち帰った女とやりまくってるからか?」
大島はニヤニヤしながら言う。
「あんただって最近なんかいい感じの女性とつきあってるんじゃないの?」
「そうそう、あの子、すげぇ動くんだよ。あの子の腰使い、やばいんだよ」
大島の下品な言葉とジェスチャーに呆れて湊音は思わず顔をしかめる。
「ところで、婚活パーティーで黒い名刺もらわなかったか?」
『あ、あの……』
湊音はあの男のことを思い出し、うなずいた。名刺は自室にしまってあるはずだが、今はそれを探す気にはなれない。
「その人、メアド交換したんだ。名前はリヒト」
「え、そうなの?」
「うん、したらメール来たんだ。今度店に来てって」
「えっ、あの人の店って……ホストクラブじゃないの?」
大島が興味津々で言う。
「名刺から見てそうだよな? なんかどうやら創作居酒屋らしい……」
創作居酒屋に似つかない名刺ではあったが……お酒飲むところとは変わりはないだろう。
「一緒に来てたおチビさんも連れてきてって言われたけど、どう?」
「ぼ、僕も? てか、おチビ……」
「ぼったくり居酒屋じゃないって言ってたけど、ちょっと行ってみたいだろ?」
湊音は自分のスケジュールを確認し、明後日には明里と水族館デートがあることに気づくが、それよりも彼に会えることに不思議と胸が高鳴った。
思わず、湊音は頷いた。
そして、週末。
部活動を終えた後、大島と共に湊音は居酒屋へ向かう。
『こんなおしゃれなお店なんて初めてだ……ネットで調べたところ、ぼったくりバーではないらしいけど……』
不安を抱えながらも、店の扉を開ける。
店内は少し狭いが、ダーツも置かれていて、カウンター席とテーブル席が一つずつある。薄暗い店内には数人の客がいる。
湊音はカウンターに目をやり、シェイカーを振っている男、リヒトを見つけた。髪型はパーティーの時とは違い、スーツ姿でシェイカーを振る姿が、また一段と印象的だ。ピアスも。
湊音と大島に気づいたリヒトが、にっこりと微笑んだ。
「いらっしゃい。おチビちゃんも来てくれたんだ」
『おチビちゃんって余計なお世話だよ!』
心の中で呟きながらも、湊音はリヒトの微笑みに少し戸惑いを覚える。
店の照明も相まってか、湊音は彼を美しく感じた。前回会った時よりもピアスは少なめで、バーテンダーの装いがよく似合っている。
「何にする? 1杯目は奢るよ。まず大島さんから」
リヒトはメニューを二人に見せる。
「じゃあ、生」
『大島さん、雰囲気からして生はないだろ』
大島の言い方が雰囲気に合わないが、どうやらこういう場所に慣れていない様子が見え見えだ。それでもリヒトは笑顔で
「生、かしこまりました」
と答える。
「あなたも?」
「僕も生で」
「生、二つね。ジョッキじゃないけどいい?」
「はい……」
注がれたのはシャンパングラスのようなもの。大島は少し驚いた顔をした。
湊音もビールを受け取り、リヒトの手がとても綺麗で、思わず見惚れてしまう。
その手で注がれるビールは、ジョッキで飲むより上品に見え、なんだか美味しそうに感じる。
「今日は来てくれてありがとう」
「いただきます」
テーブルには色とりどりのチーズが綺麗に切り揃えてあり、おつまみのように食べながら、湊音はリヒトに話しかけられた。
まずは互いの名前を伝え合う。
「湊音……名前の漢字も素敵だし。僕は李仁。松坂桃李の李に赤西仁の仁」
芸能に疎い湊音は目を丸くしたがすぐに李仁がメニュー表に書いてくれた。
「ねぇ、こないだの婚活はどうだった?」
李仁が話を切り出すと、大島が嬉しそうに口を挟む。
「おう、彼女できたぞ。李仁さんがうまくリードしてくれたおかげかな」
「あら、あの女性と。お似合いだったよ。また今度うちの店にも一緒に来て」
大島は嬉しそうに話し続けるが、湊音は浮かない顔をしている。
「湊音さんはどうしたの? 帰りに小柄な女性と楽しそうに帰っていったようだけど」
『なにっ、見られてた?!』
その言葉を聞かれ、湊音は恥ずかしさからビールを飲み干す。
大島は軽く湊音の肩を叩いて続けた。
「そのあとラブホでやりまくったらしいぜ。若い子は違うねぇー。でもまだ付き合ってないらしくてさ。明後日、俺が渡した水族館のチケットで告白しろって言ってるんだ。な?」
『大島さん、ベラベラ喋るなよ……李仁さんはニコニコ聞いてくれるからいいけどさ』
湊音は少し動揺していた。
「へぇ、付き合ってもいないのにそんなに深い関係になるのか……意外」
李仁がニヤリと笑う。
「こいつ、奥手に見えるだろ? たしかに奥手だし陰気臭いけどさ、勢いがすごいんだよ」
大島が言う。湊音は、オシャレにも無頓着である。
「ねぇ、李仁さん。この男をカッコよくしてくれないか?」
『えっ?』
湊音は突然の提案に驚き、動揺を隠せない。
「うん、いいよ。明日どう?」
李仁は首を傾げ、湊音をじっと見つめる。
『明日ぁー?』
「明後日、明里とのデートの前にちょっと整えてやろうよ」
大島は大笑いしている。
『勝手に決めんなよ!』
「じゃあ、メアド交換」
「あ、はい……」
湊音はまた押しに弱い自分を感じながら、李仁の微笑みに答えてしまう。そして、顔を少し赤くしてビールを飲み干した。