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電車の中でずっと考えていた。友だちをやめると言った手前、昴に会ったらなんと話を切り出せばいいのだろう。水曜日の夜に一体何があったのか、早紀に何故別れを告げたのか、そして昴にとって自分は一体どんな存在なのかーー頭の中では言えるものの、彼を前にしてそれを伝えられるか自信はなかった。
駅に降りた時、目の前の洋菓子店が目に入る。昴が時々買ってきてくれるのだが、甘いものを食べているとお互いに穏やかな気分になれた。ケーキをきっかけに話すのも良いかもしれないと思い、七香は引き寄せられるように店内に足を踏み入れる。
するとショーケースの中にマスクメロンのショートケーキを見つけた。二人でアウトレットに行ったあの日、一緒に食べたパフェを思い出して懐かしくなる。あそこで打ち解けたおかげで、その後の買い物が楽しくなったのだから。
四号サイズのマスクメロンのショートケーキを購入し、家までの道をとぼとぼと歩く。朝食を食べてからすぐにペンションを出て、今は午前十一時半。彼は何をしているだろう。土曜日だし、仕事は休みのはず。家にいるのか、外出しているのかーー。
家に到着し、昴の部屋に目を向けたが、彼が在宅している気配は感じられなかった。出かけているのかもしれないーーそう思いながら鍵を開けて部屋の中に入った七香は、玄関に昴の靴が置いてあることに気付いて目を見開いた。
廊下と部屋を繋ぐドアが閉められており、あの向こうに昴がいるかもしれないと思うと、体に緊張が走る。
キャリーバッグを置いたまま、足音を立てないように廊下を歩き、息を殺して静かにドアノブを回した。窓が開け放たれているが、部屋の中は熱がこもり、昴は額に汗を滲ませた状態でソファで眠っていた。
どうして彼がここにいるんだろう。まさかあの日からずっとここにいるわけではないだろう。それなら何故自分の部屋に戻らないのかしらーーそう思いながら窓を閉め、エアコンのスイッチを入れた。
ゆっくりと彼に近寄り、静かにしゃがみ込む。昴の寝顔をじっと見つめていると、胸が苦しくなり始めた。
早紀に別れを告げたということは、昴の中で何か変化が起きたということ。早紀を好きな昴が好きだった七香は、彼がどんな想いを抱いて殻を破ったのかわからず不安に駆られた。
持っていたショルダーバッグからタオルハンカチを取り出し、昴の額についた汗を拭う。
「んっ……」
タオルの感触に気付いた昴が、ゆっくりと目を開ける。そして目の前にいる七香の顔を見るなり、勢いよく彼女の手を掴んだ。
「七香……! 帰ってきてくれたんだ……」
「……だってここは私の部屋だもん。当然でしょ」
「あぁ、そう……だよな……」
無表情の七香を見て、昴は苦しげに顔を力を入れて頭を下げた。
「七香、俺……本当にごめん……」
「それは何に対する謝罪なの?」
「……今更言い訳だって怒られるかもしれないけど、あの夜はあんなことが言いたかったわけじゃないんだ」
「じゃあ何を言いたかったの? ちゃんと説明してくれないとわからないよ……」
すると昴は七香の手を自分の方に引き寄せると、両手で握りしめて額に当てながら俯く。
「あの日、あの男が大学に来たんだ」
「あの男?」
「七香の会社の男。駅で会った奴」
「岩田さん? えっ、どうして……」
意味がわからなかった。昴のことを知ってはいたが、名前は知らないと言っていた。それなのに何故職場まで知っていたのだろう。
「早紀さんの男の一人ってことは知ってたけど、俺の大学の後輩だったらしい。だから俺の噂も全て知ってた」
「なるほど……それで?」
「あの男……七香と付き合いたいから、俺が邪魔だって言ったんだ。七香から離れろって……俺が七香を不幸にしてるって……」
白山小梅
12
#借金
諦めると言っていたのに、あれは嘘だったのかーーどちらにせよ、七香が岩田と付き合う可能性なんて、一パーセントにも満たない。
「七香がいなくなるなんて考えられないし、考えたくない」
「……どうして?」
「七香がいるから俺は人でいられるんだ。七香がいなくなったら……生き方がわからなくなる」
「そんなんじゃわからないよ……。昴くんにとって私って何なの? 早紀さんが一番で、私は二番? 友だちでもないのに二番って……っ!」
「好きなんだ」
その瞬間、昴の腕に強く抱きしめられた。
「七香が好きなんだ。そばにいたいのも、そばにいて欲しいのも、愛したいのも、愛されたいのも、どんな感情も七香にしか感じない。七香を誰かに取られるって考えただけで怖くなるんだ……」
「……嘘。信じない。だってついこの間だって、早紀さんとデートしてるじゃない。こんなに長く早紀さんを愛していた人が、いきなり私を好きとか信じられない」
「でも嘘じゃないんだ……」
「きっと昴くんは私のことを自分の物みたいに思ってて、それを誰かに取られると思って不安になっただけよ」
昴の胸を押し退けようともがくが、力の差は歴然で、離してもらえなかった。