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黒星
猫塚ルイ

「それで?今日は怜治君となんか進展あったの? 面白いお話でもできた?」
母がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、大皿の生姜焼きを目の前に置いてくる。
「そんな急に進展なんかしないって…第一、まだまともに1分以上会話を続けることすらできてないんだから。僕がすぐテンパって逃げちゃうし……」
お肉をご飯の上に乗せ、口に運びながらぼやく。
「ゆっくり、少しずつ距離を縮めていけばいいじゃない。あっ、くれぐれもお仕事の邪魔はしないのよ?」
母のあっけらかんとした、でも温かい言葉に、張り詰めていた肩の力が少しだけ抜ける思いがした。
「分かってるよ」
僕はまだ高校生だし、怜治さんはあのお店にいつもいる。
一歩ずつ、まずは「よく喋る近所の高校生」として仲良くなれれば
それで十分じゃないか……なんて、自分を納得させる。
夕食を終えてお風呂を済ませた後
自室に戻った僕は、そのままベッドの真ん中へとダイブした。
ドサリとスプリングが沈み込む。
天井の白い壁をぼんやりと見上げながら
気づけばまた、今日の夕方に見た怜治さんの表情を反芻していた。
最後に彼が僕の顔を覗き込んできたときの、あの少し楽しげで、熱を帯びたような瞳。
もしかしたら、単なる「よく来るお馴染みの客」としてではなく
一人の人間として、僕のことを見てくれているんじゃないか───
そんな、叶うはずもない淡い期待が胸の中で膨らんでいく。
「はぁ……こんなことばっかり考えてちゃダメだよね」
ゴロゴロとベッドの上で寝返りを打ち
枕元に置いてあったスマホを手に取って画面を点灯させた。
検索アプリを開き、気がつけば検索窓に「花言葉」と打ち込んでいる。
数週間前の僕なら、絶対に調べもしなかったワードだ。
そもそも花なんて、入学式や卒業式くらいでしか縁のないものだと思っていた。
でも、今は違う。
怜治さんが教えてくれた
薔薇の、かすみ草の、ガーベラの言葉。
その一つ一つが、僕の頭の中で鮮明な記憶として生きている。
(明日は……明日こそは、怜治さんが話を振ってくれたら、ちゃんと話を広げてみよう)
「…それで、もし上手くいったら、そのうち……連絡先とか、聞いてみたい、な」
ただの客、しかも男の高校生に、彼が個人の連絡先を教えてくれるかなんて分からない。
だけど、何もしないままじゃ、ずっとこの「客と店員」の距離のままだ。
スマホを胸に抱きしめ、僕はぎゅっと目を閉じた。
明日もまた、あの花の香りが満ちる場所へ行くために、今は少しだけ勇気を蓄えようと思いながら。
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