気がつけば、誰も居ない教室で眠っていた。
座りながら睡眠を取っていたせいか、重く、固くなった体に伸ばすことで柔軟性を取り戻し、体重を任せていた椅子から立ち上がる。
黒板の左上辺りに掛けられた時計の針が時を刻んでいく。静かな教室内に響き渡る音が示すのは午後9時。
きっと、今の時刻が一番教師たちの行き来が激しいだろうと、機会を伺って旧校舎の一角、3−1の鍵を職員室に居た教師に返す。
こんな時間まで何をしていたか、なんて野暮なことは聞かれなかったが、なにかと言いたげな視線を向けられたので「人を待っていたら眠っちゃって、すいません」と愛想笑いを向ければ、何だそんなことかと笑われる。
「次回からは気をつけろよ。この時間帯まで居たのはお前だけだからな」と、小さな忠告に軽い返事を向け、だるくなった足で自宅へと向かった。
玄関の鍵が空いているのに対し、開けてみれば中はもぬけの殻だった。
何かを盗まれた形跡もなし、かと言えば、漁った形跡すら無い家中に思わず「残念」とこぼしてしまう。
泥棒が、安全に、穏便に家にある全ての物を盗んでいくのだとしたら、強盗や殺人など、リスクを犯す必要性はあるのだろうか。
鉛のように重くなった体を、制服を掛けたソファに任せる。
少々弾力が足りないながらも体を支えてくれるソファに愛着が湧くも、馬鹿な思考はやめろと瞬時に思考が停止される。
自分の意志で好きなことを試行錯誤させてくれてもいいだろうにと思いながらも、狭いソファの上でゴロリと寝返りを打つと、被っていたカツラが取れるのが分かる。
体を起こし、クッションの上に落ちたカツラを近くにあった木造の机へと置くと、また全身を脱力させる。
バネが反動で何度もバウンドするも、それさえも心地よく、そのまま意識を手放してしまった。
夢を見た。
木造のオレンジ色が差し掛かる教室内で、来ない誰かを待つ夢。
いつまで経っても来ないと分かっている者を、柄にも無く必死で、真剣に待っている夢。
悲しくて、苦しくて、辛くて、泣きたくて、何故か待ち人を探している。
敬服・崇拝・称賛・娯楽・焦慮・畏敬・当惑・飽きる・冷静・困惑・渇望・嫌悪・苦しみの共感・夢中・嫉妬・興奮・恐れ・痛恨・面白さ・喜び・懐旧・ロマンチック・悲しみ・好感・性欲・同情・満足。
27種類ある人間の感情から、夢の中で自陣が感じる、強く割り出される敬服や嫉妬、恐れ、痛恨、悲しみ、同情といった感情。
見えない事実をただ追い続けているような違和感に、心臓がギシギシと痛み、刺されていく。
何気なく見た向かいの席。そこには一人の人間の姿があった。
『薔薇の棘みたいに、痛いでしょ』
笑って見せるその笑顔は、苦痛に縛られているようだった。
知り合いの顔に似ている、と伝えれば、彼は軽快な声を上げて、心の底から笑ってみせた。
ざわつく心の違和感は、彼のものなのだろうか。
「ずっと待ってたんだよ」
『ごめんなさい。けど、楽しみにさせた君が悪いよ』
高く、それでいて穏やかな安心する声。
「楽しみでいてくれたんだ」
話す声が、震えていませんように。
『…うん。すっごく』
彼の笑った顔が好きだった。怪我をしたことも、それでいて優しい心の持ち主なことも当然、知っていた。
「…辛かったねぇ、」
震える心が錆びていく。
『…そうだね』
一つの笑いで飛ばせる彼を、強いと思った。
コメント
7件
ちなみにオレンジ髪の人物には答えがあります。皆さんは誰か分かりますか?
わ〜、段々内容が難しくなってきたな〜 最近気温バグってるので体調に気をつけてください! のりしおさんの書く作品が大好きです! 次回も楽しみにしてます!