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「今、ここで夫に返信してもいい?」
「どうぞ。好きなだけいてくれていいから」
「ありがとう」
家に帰ってからよりもエンビルでメッセージは済ませてしまいたかった。涼二に見つからないように気を付けたいので、家でやり取りするのはもう少し慣れてからにしよう。
まずは名前を決めた、『秋也』というキャラ。しっかり構築しよう。
彼の性格・キャラクターは、どんなイメージが合う?
私は目を閉じて、秋也というキャラクターを考えた。繊細で、抽象的で、夫が好きな本や映画が好きで、一人っ子で打たれ弱く、社会になじめないような雰囲気があるけど……実際に会うのは天魔だもんね。あまり線の細いタイプにしちゃうのもどうだろう。
そこも考慮して考えなきゃ。
あ、二重人格って面白いかも。表の天魔の顔と裏の天魔の顔は違う、と。それに、天魔と情報共有すれば、うまく演じてくれる。
決まったわ。
目を開き、まずは謝罪文を作った。涼二に送信したのは、同窓会のお知らせ、という形で、連絡としてはあまり無視できない、あり得そうな話にした。同窓会へ出席するかしないか返事をください、という内容。
それに対して、涼二は『僕じゃありません。お相手を間違えられていますよ』と返事をくれたのだ。無視せずに返信をくれて、どうもありがとう。
謝罪を返信すると、すぐに既読が付いてメッセージが返ってきた。
《秋也さんのプロフィールを見ましたが、中原秋也好きなんですか?》
有名な映画監督の中原秋也(なかはらしゅうや)が好きかと喰いついた!
思った通りだ。
だからハンドルネームを秋也にしたし、映画の名台詞をAIで精査させ、チョイスして繰り返し投稿したんだ。
まさか一通目からこんなに喰いつくなんて思わなかった。
でも、ここで浮き足立ったら台無しよ。落ち着いて。
《はい。中原監督は僕の憧れなんです。脚本サークルのオフ会があったので、先輩に出席確認を任されたのですが、間違えてしまってすみませんでした》
すぐに既読が付く。暇なのね。
《僕も中原監督好きです。昔、脚本家になりたくて、プロを目指していましたから懐かしいな。『罪と罰と愛』という監督のデビュー作が特に好きで。秋也さんのプロフィールに書いていましたよね?》
ああ、そうだった――あの映画、昔ふたりで一緒に観た。
まだ付き合い始めの頃、雨が降っていたから、寄り添って手を繋いで私の家まで来たんだっけ。一緒に観ようってDVD持ってきてくれた。僕の一番のおすすめの映画なんだ、ってはにかむ笑顔が好きだった。
内容は重く暗い話だったけれども、ヒューマンドラマが秀逸で、最後は号泣したっけ。
あの頃は、あなたをこんな風に追い詰めることになるとは思わなかった。
《嬉しいです! ラストシーンが最高ですよね!! あれは泣けます!》
《わかります! でもあんまり人気なくて残念ですよ。あの作品の良さがわからないやつはダメですね》
画面を見ながら小さく笑う。まるで少年のような書き方。
彼は昔から映画の話になると饒舌になる。
涼二。あなたを手始めに堕とすのは、どうやら私が適任という天魔の言葉、ようやく理解したわ。
だって私は、あなたが欲しいと思う言葉をいともたやすく紡ぐことができるのだから。
どんな店に行って、どんな音楽を聴いて、どんな映画に共感するのか、全部知っているから。
私は再びメッセージを打ち込む。彼が喜ぶ監督の作品の、推しポイントを並べた。おもしろいくらいにメッセージが盛り上がる。このままでは収拾がつかなくなりそうだから、こちらから一旦切り上げた。
《間違えてDM送ってしまったのに、楽しいやり取りをありがとうございました》
《暇だったからいいですよ。またメッセージしてもいいですか? 中原秋也のこと話せる人ってなかなかいないから、時々話しませんか? 同性同士で》
《ボクでよければぜひ!》
《またメッセージしますね》
《はい!》
――よし! 完璧な導入!
ぐっと握りこぶしを作っていると、どうだった、と天魔が聞いてきたので、やり取りを見せた。
「うまくいったみたいだな」
私の満足そうな顔を見て、天魔が笑った。
「ええ。今回は私が脚本を描くの。彼はただの役者。シナリオ通りに演じてもらうわ」
「ひとついいことを教えよう。人を堕とすには、習慣づけるとうまくいく」
「習慣?」
どういうことかしら。
「まずはこのやり取りを、毎日同じ時間の習慣にする。人間は、毎晩同じ時刻にDMが届くと、おのずとその時間を待つようになる。その習性を利用するんだ」
「へえ……餌付けみたいね」
「そうだ。飼い慣らせ。沙旦那を秋也に依存させるんだ」
冷たい光が彼の瞳に宿った。
私は素直に頷いた。これは遊びではなく、自分の人生を賭けて夫の人生を堕とすプロジェクトなのだ。
次の日から、毎晩少しずつ涼二とのやり取りを重ねていった。
好きな映画や小説の話から始まり、やがて日常の何気ない話題まで。
涼二は実際に知り合いではないからこそ話せるのだろうか、自分の心の内を少しずつ明かすようになっていった。
脚本家になれない苦しみ、自分の作品を理解してもらえない憤り、日常的な不満など――
お互いの心を共有することで、少しずつ距離が縮まっていくのを感じた。涼二は見ず知らずの相手(しゅうや)に、自分自身をさらけ出し始めている。これこそが、私が待ち望んでいた状況よ。
一方、沙耶と涼二としての生活表面上のやり取りは問題なかった。大きなトラブルもなく日々が平和だった。
慣れてきたので、家にいる時でも涼二の目を盗んでは天魔に借りたスマートフォンでやり取りした。
もしこのスマートフォンが涼二に見つかっても『仕事用に会社から借りている』と説明するつもりだ。中身は仕事関係のプログラムアプリで埋めておいたので、恐らく随所まで見られることはない。
そんなやり取りを繰り返すうちに、お互いの名前は呼び捨て、敬語もなくなった。
涼二は『天空の旅人』というなかなかメルヘンチックなハンドルネームだったが、旅人さんと呼んでいるうちに『本名涼二だから、涼二で呼んで』と向こうから言ってきた。
随分仲良くなったと思う。今度会ってみたいね、とまで言わせた。
まるでマッチングアプリの駆け引きのようだ。
――こうやって自分とは違う誰かを演じて、自分とは違う人物像に惚れさせるのね。
天魔の仕事のしくみがなんとなく理解できたころには、1か月ほどの時間が経っていた。
定期的にエンビルへ行き、涼二とのやり取りを報告。全て現地で打ち合わせ、証拠は残さないようにしている。
こちらが不利になりそうな点については、すべて逃げ道を用意してある。
そして涼二は相変わらず理咲との逢瀬を続けているが、どうもマンネリになってきたようだ。理咲の方が涼二に飽きたのだろう。男はいくらでもいると考えているような女性だ。
仕事を終え、会社を出たところでスマートフォンが震えた。
画面には短いメッセージ。
《今夜、エンビルに来れるか?》
天魔からだった。
コメント
1件
うわああこの展開どうなるの!?😭💕 夫の好みを熟知してるからこそ“秋也”として完璧にハマる主人公がカッコよすぎる…!「あなたが欲しいと思う言葉をいともたやすく紡ぐ」って台詞ゾクゾクした〜〜天魔の「習慣づけ」アドバイスもエグくて癖になる。脚本側に立ったサレ妻の冷静さと、過去の思い出がチラつく切なさのバランスがエモいっす!!次どうなるかマジで気になる😤✨
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煉彩
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深冬芽以
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