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「薫、本当にお金は大丈夫か?」
電話越しの父の声は、どこか心配そうだ。
「大丈夫だよ」
「お札を見間違えて財布に入れたりしてないだろうな」
「そんなことあるわけないって! あはは!」今日は一ヶ月前から計画していた一大イベントの日。ここ最近は勉強づけだったからこそ、僕は完璧に準備を整え、意気揚々と家を飛び出した。
「行ってらっしゃい」
という父の声に見送られ、電車を乗り継ぎ、目的地である県の駅に降り立つ。さらにバスに揺られ、最後はタクシーに乗り込んだ。タクシーの運転手は寡黙な人だったが、驚くほど博識だった。僕が問いかけると、この土地の古い伝承や名物、そして僕の目的地である「秘境の神社」についても詳しく教えてくれた。車窓に広がる山深い景色を眺めながら、僕は知識の深い彼との会話を大いに楽しんだ。ふと、父の言葉が脳裏をよぎる。まさかとは思いつつ、僕は財布の中を確認した。その瞬間、全身の血の気が引いた。
「あれ……?」
そこに鎮座していたのは、最高位の福沢諭吉ではなく、野口英世。しかも枚数が足りない。「あの……すみません。お金が足りなくて……。申し訳ないんですが、このあたりで降ろしていただけませんか?」
「……承知いたしました」
運転手は淡々と応じる。僕は申し訳なさでいっぱいになり、車を降りる際に精一杯の感謝を伝えた。
「お話、本当に楽しかったです。勉強になりました。またご縁があれば、ぜひお話を聞かせてください」
「……はい。ご利用ありがとうございました」赤いラインの入ったタクシーが、霧の向こうへ走り去っていく。結局、親に連絡して近くまで迎えにきてもらう羽目になった。案の定、駆けつけた父からは
「それ見たことか」と軽くどつかれたが、「せっかく来たんだから楽しんでこい」と一万円札を握らされた。僕は父からお金の負担をかけたくなかったため、こんなの要らないと否定したが、
「夕飯抜きにされたくないだろ?」そう高圧的に満面の笑みで送り出す父のイゲンに怖気ずき、あっ、間違えた。そう笑う父に甘え、僕は再び目的地を目指した。たどり着いたその神社は、まさに秘境だった。人気のない境内で、他の参拝客が写り込まないよう工夫しながら、夢中でシャッターを切る。高台にあるお気に入りのスポットでは、二十数分ほど何も考えずに景色を眺めた。日頃の疲れが、澄んだ空気の中に溶けていく。イレギュラーはあったが、満足感のある休日だった。そう確信していたのは、帰り道に差し掛かるまでのことだ。背後から、じっとこちらを射抜くような「視線」を感じ始めたのは、その時からだった。しかもそれは一つではない。僕をあざ笑うかのような、粘りつくような「笑っている視線」。そして、獲物を定めるかのような、鋭く、凍てつくような「冷たい視線」。この二つの視線が、霧の立ち込める参道の奥から、僕をじっと見つめていた。
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コメント
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読んでいただきありがとうございます!続きは5月5日までに、一気に2話公開する予定です。