テラーノベル
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翌日、ロードレス砦の中庭でフリーデと並んで歩きながら、俺は彼女に尋ねた。
「聖剣は大丈夫?」
フリーデは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて頷く。
「大丈夫です。無事に取り戻すことができますので。そのときに責任を取ります」
その言葉には、決意のようなものが滲んでいた。だが、どこか思い詰めたような表情をしているのが気になる。
「……本当に大丈夫なのか?」
そう問いかけようとしたときだった。
「おや、これはこれは」
砦の門が開き、ゆったりとした足取りで一人の男が入ってきた。
がっちりとした体格に、上機嫌な笑みを浮かべた老人。エスタの市長、ドリコだ。
彼の後ろには数人の随行者が控えている。
フリーデはすぐに背筋を伸ばし、迎えに出る。
「ドリコ侯爵、ようこそお越しくださいました」
「うむ、砦の状況を視察しに来たのだ。フリーデ卿、変わらず精励しているようで何よりだ」
ドリコはそう言うと、自然な仕草でフリーデの肩に手を回し、そのまま親しげに抱き寄せた。
俺はその様子を見て、思わず眉をひそめる。明らかに距離感がおかしい。まるで愛人みたいだ。
ふと周囲を見渡すと近くにいた執務貴族のトニーが、俯いて目を伏せているのがわかった。まるで何も見なかったことにしたいようだ。
その態度が、ますます俺の苛立ちを煽った。
「……馴れ馴れしいのでは?」
俺は低い声で注意するように言った。
ドリコは一瞬だけ目を細めたが、すぐに穏やかな笑顔を取り戻す。
「家族のようなものですからな」
その言葉とともに、肩に置かれた手がゆっくりと下りていく。彼女の脇の下を通り、胸のすぐ下の肋骨の辺りを撫でる。
キャバ嬢にセクハラするジジイを見ている気分だ。家族のスキンシップは終わったのか、ドリコはフリーデから体を離し俺に向き直る。
「そうだ王子、お話があるのですが。聖剣についてです」
「む?」
「今現在聖剣は私どもの金庫に安全に保管されています」
「えっ、そうなの?」
「はい、実はフリーデ将軍は、自宅にイミテーションを置き、本物は私に預けていたのです。そうすることによって、セキュリティの強化をはかっていたのです」
「むむむ? なぜ市長に聖剣を預ける?」
「それは私がカジノの地下にある、世界で最も安全と言われる魔法金庫ゴールドロックを使用できるからです。例え大国同士で戦争がおき、この地が焼け野原になってもあの金庫は無傷で残るほど堅牢なものです」
「しかし国の物を、市長に預けるってのはどうなの?」
まぁ一応市長も国の役人の一人ではあるし、退役騎士で国からの信用もあるが。
「その事に関しては連絡不足でした。本来は事前に保管先を移動させる旨を帝国に伝えなければいけなかったのですが、行き違いで帝国側の耳に入っていなかったようです。申し訳ありません」
「フリーデ将軍も、そのことを知らなかったみたいだけど?」
「それは失念していただけですよ」
はは、このうっかり者めとフリーデを笑うドリコ市長。
でも、そんなことある? この生真面目そうな将軍が、聖剣の保管場所変わったの忘れてるって。
俺は彼女を見ると、沈黙したまま何も答えない。
「さっきフリーデ将軍は、もうじき取り戻せる。そのときに責任をとると言っていたが?」
「言葉のあやでございますよ。彼女は物事を大きく考える癖がありますので」
この市長なんか都合の悪いことは、無理やり流そうとしているように感じる。
「しかし一時とは言え、王子を不安にさせたことは事実。何かしら罰を与えるというのでしたら、このわたくしが受けましょう」
「う~む、現物があるならいいんだけど……じゃあ、聖剣は確認できるの?」
「勿論でございます。ですが、今現在金庫の魔導ロックを解除できる人間が不在でして。数日中には帰ってきますので、そのときにご確認できます」
「なんだ、今金庫あかないの?」
「はい、ロックは10人もの上級魔術士で解除致しますので。私でも開けることができないセキュリティになっています」
「ふーん」
「聖剣はちゃんと帝国にありますので、ご安心下さい王子」
どうにも安心できないのはなぜだろうか。
『ねぇねぇラウル、このジジイ何か変なこと考えてそう』
(俺もそう思う。だけど別に何か被害があったってわけじゃないしな)
聖剣が第三国に流れたとかだと大問題だけど、ドリコ市長が保管してるなら別に言うべきことはない。
俺は聖剣内のナハトと会話しつつフリーデを見やる。
彼女は無言のまま、まるで魂の抜けたマネキンのように背筋を伸ばして立っていた。
「おーい、王子! なにを訓練をサボっているのだ!」
うげ、この声はバルト将軍。早く戻らないとどやされるな。
「ドリコ市長、とにかく金庫が開けられるようになったらすぐに教えてほしい」
「かしこまりました」
◆
ラウルとわかれたドリコは、フリーデと共に視察を名目に砦内へと入っていた。
「こんなことされては……困り、ます」
ドリコはフリーデを砦内の食料庫に強引に連れ込む。
窓のない薄暗い部屋で、並んだ樽の中には玉ねぎやりんごなどの備蓄食料が入っている。
ドリコはフリーデを部屋の角へと押し込むと、乱暴に胸を触る。
「お前は私の玩具と言ったはずだ」
「ここがどこだかわかっているのですか!? 父上や王子もいらっしゃるのですよ!」
「それがどうした、それより私に感謝の言葉はないのか? 私が王子を言い含めなければ、今頃お前は牢屋行きだったのだぞ」
首筋に顔を寄せてくるドリコを、必死に剥がそうとするフリーデ。しかし元退役騎士とあって、凄い腕力だ。
「私はね、かねてからお前を狙っていたのだよ。栄光にまみれた兄の最高傑作であるお前を、ね」
「物のように言わないでください」
「いいや、お前は物だ。兄が作り上げたトロフィーだよ。私はずっと兄を妬ましく、疎ましく思っていた。そんな兄が生み出した最高傑作を蹂躙できるなんて、どれほど興奮するか……」
「あなたは異常者だ! 吐き気がする!」
「文句を言うなら、お前の父に言いたまえ。兄は私に何十年も劣等感を植えつけ続けた。これはその復讐でもあるのだよ」
「勝手な言い分を……叔父上が、こんな最低な男だったとは」
「その通りだ。そして、お前はその最低な男に、これから何年もかけて壊されるのだ」
フリーデは悟る。ここが、この地獄が始まった場所であり、そして彼女は一生この男の玩具にされるのだと――。心が折れそうになるのを、必死で堪えた。
その時、部屋に誰かが入ってくる。
「ちょ、見られる! 離れて!」
こんな場所で密着しているところを見られたら終わりだ。
だが、入ってきたのは――夫、トニーだった。
「あ、あなた!」
「…………」
「俯いてないで、こっちを見たらどうだね? 撮影ができんだろ」
「さつ、えい?」
トニーの手には、ギデオン製の高性能記憶カメラが握られていた。
「私が王子に聖剣を返却したあと、君が兄に泣きつかないように、こうして私とのやり取りを記録させてもらう。美しきメモリーというやつだ」
「そんなことしない……だから、やめてください!」
「ダメだ。まぁ、万が一お前が死なば諸共で告発した場合は、君とトニーの失態を大々的に公表し、アイゼンヴェルグ家を道連れにするがね」
ドリコの本性を暴けば、アイゼンヴェルグ家は没落する。
フリーデには逃げることも、口を開くことも許されず、ただ黙って従うしかなかった。
「さぁ、早くカメラを向けろ。金がほしくないのか?」
「えっ?」
フリーデは、トニーもドリコに脅されて協力させられているのだと哀れんだ。
だがどうやら話が違うようだ。
「す、すまない……撮影に協力すれば、3万Bもらえるって……」
「は、は?」
「その金でカジノに行くんだよな?」
「はは……ごめんな、フリーデ。お前が結婚した男は、ギャンブル狂いのクズなんだ。カジノで賭け事をしていないと、手が震えてくるんだよ」
トニーの目には、もうフリーデなど映っていなかった。
見つめているのは、カジノのスロットマシン。
虹色のフラッシュに脳を焼かれ、頭の中はジャラジャラと鳴るコインの音で埋め尽くされている。
夫は――たった3万ぽっちで、妻を悪魔に売ったのだった。
人生の終わりだと思っていたフリーデだったが、まさか地獄で更に蹴り落とされるとは思ってもいなかった。
「……愛していたのは、私だけだったのですね」
やがて現実を受け止めた彼女は、静かに涙をこぼした。
「……私を汚すのは構いません。ですが、最後の一線だけは……王子に聖剣を返却するまでは、絶対に許しません」
それがフリーデの最後の抵抗だった。
ありんす
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宮毘羅
20
#シクフォニ
らの☆📢🍍×🌸推し
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コメント
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ありんすさん、第74話読ませていただきました。 ドリコ市長の距離感の異常さ、そしてトニーのまさかの裏切り…まさか3万Bで妻を売る選択をするとは。フリーデが「愛していたのは私だけだった」と涙する場面、胸が締め付けられました。それでも聖剣を返すまでは最後の一線は越えさせないという彼女の矜持に、まだ希望があると信じたいです。続きが気になります。