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第十四章 月が導く先
第九話 示される道と選ぶ道
窓の外では半分ほどの月が静かに夜空へ浮かんでいた。
宿屋の一室。
机の上に置かれた『レオルの手記』。
それは長い時を越え、何人もの手によって繋がれ、今ここへ辿り着いた想いだった。
やがてジントはゆっくりと鞄を開き、中から一冊の本を取り出す。
黒い装丁。
月の紋章。
『月蝕記』。
それを机の上へ並べ置いた瞬間だった。
窓から差し込む月明かりが、まるで導かれるように表紙へ落ちる。
すると、黒い表紙の上へ淡い銀色の光が浮かび上がった。
「……!」
4人が息を呑む。
文字だった。
まるで月光そのものが滲み出すように、一文字ずつゆっくり現れていく。
『道は開かれる』
『還る時が来た』
部屋の空気が静まり返る。
誰も動けなかった。
ジントだけが、その文字をじっと見つめている。
黒い瞳に、もう迷いはなかった。
まるでずっと前から、その言葉を知っていたかのように。
シュンタが乾いた声で口を開いた。
「……還るって……」
小さく唇を震わせる。
「……白霧山、よな……?」
ジントは静かに頷いた。
ジュウタロウが、はっとしたように顔を上げる。
「月の隠れ里にあった石碑と、繋がっているんだったな……」
「……隠れ里への道が開かれるのは、満月の夜のみ……」
ハヤトが低く呟く。
誰も次の言葉を続けられなかった。
静かな夜だった。
遠くから波の音だけが微かに聞こえる。
ダイチは隣に座るジントを見る。
月蝕記を見つめる横顔。
その黒い瞳は、どこまでも静かだった。
まるで、自分の行くべき場所をすでに理解しているように。
ダイチは胸が苦しくなった。
思わず目を逸らす。
その目線の先。
窓の外には、すでに半分ほど満ちた月が浮かんでいた。
ダイチは祈るような気持ちでその月を見つめる。
ーーまだ、来ないでくれ……。
まだ……。
そんな願いを、胸の奥で叫び続けた。
やがて、久々の戦闘の疲れもあり、気付けば部屋には静かな寝息だけが満ちていた。
窓から差し込む月明かりが、床へ淡く影を落としている。
ダイチはゆっくり目を開けた。
隣では、ジントが静かな寝息を立てている。
いつもと変わらない穏やかな寝顔。
その姿を見て、少しだけ胸を撫で下ろす。
ダイチはそっと起き上がった。
みんなを起こさないよう静かに部屋を抜け出す。
夜の港町は昼間とは別世界だった。
人通りも少なく、波の音だけが静かに響いている。
ダイチは港の端まで歩き、適当な木箱へ腰掛けた。
冷たい潮風が頬を撫でる。
そして空を見上げた。
銀色の月。
その淡い光を見つめていると、不意に背後から足音が聞こえた。
振り返ると、ハヤトが立っていた。
「……ここに居たのか」
ハヤトは小さく笑い、そのまま黙って隣へ腰掛ける。
しばらく二人とも何も言わなかった。
港の岸壁へ打ちつける波音が、静かに二人を包む。
やがてダイチが小さく呟いた。
「俺……怖いねん……」
ハヤトは何も言わず、ただ隣で聞いていた。
ダイチは俯いたまま続ける。
「……ジントがいなくなるの……」
その声は震えていた。
「俺はただ……このままジントと居られたらええなって……」
「それだけなんよ……」
ハヤトは静かに頷く。
「……うん」
短い返事。
それだけだった。
だが、それだけで少し救われた気がした。
ダイチは苦笑いのように息を吐く。
「ジントの背負ってるもんを、俺が代わることはできん……」
「だからせめて、ジントを傷つけるやつらから守って、隣で支えて、笑わせるのが俺の役目やと思ってた……」
拳を強く握る。
「……俺は、ジントのおらん世界なんて考えられん……」
ハヤトは静かに月を見上げた。
「お前達は……最初に会った時からずっと一緒だったもんな……」
「……ここまで二人で、支え合ってきたんだろ?」
そしてダイチを見る。
黄金の瞳が、月明かりの中でも眩しく輝いていた。
「俺も、ジントを失いたくない」
「悲しむダイチも見たくない」
ダイチが顔を上げる。
ハヤトは真っ直ぐ前を見たまま続けた。
「だから……違う未来があるんじゃないかって、ずっと探してきた」
潮風が髪を揺らす。
「俺はまだ、それを諦めていない」
ダイチは黙ってその横顔を見る。
ハヤトはゆっくりと笑った。
「まだ未来は分からない」
「俺は……世界も、ジントも、そしてダイチ、お前も」
「みんなが救われる未来を選びたいんだ」
ダイチは小さく息を漏らした。
「……ハヤトは、強いな……」
「俺なんて、ジント一人にいつも振り回されて……世界なんて全然考えられへんのに……」
するとハヤトが吹き出すように笑った。
「お前はジントに振り回されすぎだろ」
「まあ、そういう俺達も、ジントに翻弄されてる気はするが……」
ダイチもつられて笑う。
「確かにジントって、他のやつにも自覚なしで思わせぶりな態度とったり、あざとい真似したり……」
「……なんか思い出したらちょっと腹立ってきたわ!」
「ハハッ」
ハヤトが声を上げて笑う。
「ダイチも大変だな」
しばらく二人で月を見上げていた。
南の地域とはいえ、この時期の夜風はさすがに冷たい。
ダイチが小さく身震いする。
それを見たハヤトが立ち上がった。
「そろそろ戻るか」
自然に肩を抱かれる。
ダイチは少し口を尖らせた。
「……ハヤトってなんかズルいよな」
「ん?」
「こうやってみんな、ハヤトに落とされていくんやろな」
「なんだそれ?」
ハヤトが苦笑する。
月明かりに照らされた二人の背中。
長く伸びる影。
ダイチは、太陽のように明るい黄金の瞳を持つ男の横顔を、どこか眩しそうに見上げていた。
半円の月が静かに夜空へ浮かんでいる。
満月の夜は確実に近付いていた。
運命の歯車は、止まることなく動き続けている。
第十四章 完
コメント
6件
小さい頃からずっと一緒にいたダイチのことを考えると辛いお話でしたね…… でもハヤトが言う別の未来もあの5人なら見つけることができる気がしてます! 5人の明るい未来を願っています!
自分の役目を受け入れてる💛さんと、そんな💛さんを手放したくない💙さんに胸がギュッて苦しくなります😭ずっと2人で笑ってて欲しい… 本当に別の未来があることを私も願ってます🙏
月蝕記に月光が一文字ずつ浮かび上がるシーン、幻想的で息を呑みました…🌙 ジントの迷いのない眼差しと、ダイチの「まだ来ないでくれ」っていう祈りが切なすぎて。満月が近づくのが怖いよ…。でもハヤトの『みんなが救われる未来を選びたい』って言葉に、私まで救われた気持ちです。港町の夜の二人の会話が優しくて、泣きそうになりました🤍
𝕔𝕠𝕔𝕠
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