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#ほのぼの
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「今まで恵ちゃんは、恋愛を避けてきたから、そういう感覚も初めてなんだろうね」
「……だと思います」
勿論、朱里を除けば恋愛的な意味で人を好きになったのも初めてで、相手の一挙手一投足で、こんなにもドキドキするものだと思わなかった。
涼さんが私を「可愛い」と褒めるたびにときめいて、嬉しそうな、愛おしそうな目で見てくるたびに照れてしまう。
私はそんな自分を「らしくない」と思って、なんとかこの状況を回避して〝いつもの〟自分であろうとした結果、塩対応になってしまっていたんだろう。
けど、世間の普通に恋をするお嬢さんたちは、ちゃんとこのドキドキに向き合っているんだ。
私は二十七歳になってやっと、みんなと同じステージに上がる事ができた。
「……涼さんに褒められて『嬉しい』とは思うんですよ。……でも、自分の事を『可愛い』と思えていないのは以前に話した通りで、素直に喜びを表せない。それに私が喜んだら、涼さんは全力で喜び返すじゃないですか。それも強すぎて、こう……、喜びのラリーみたいなのに慣れていないんですよね。私も朱里も、今までローテンションで過ごしてきたので」
「うーん、確かに恵ちゃんの言いたい事は分かるかも。俺、重役になる前も、部下がちゃんと求めていた事に応えてくれたら、全力で褒めていたんだよね。人って叱りつけるより褒めて伸ばしたほうがいいってデータもあるし。仕事だけじゃなく、いいと思った事は全力で褒める癖があるんだと思う」
「確かに、篠宮さんもそういうやり方でしたね。だからみんな仕事にやり甲斐を持っていたと思います。……だから、悪い事だとは思いません。……ただ、素直に受け取れないこっちの問題というか」
「今まで『可愛い』の代名詞で恵ちゃんを猫って言っていたけど、あながち嘘でもないと思っているんだ。君は過去に嫌な思いをして、人から愛情を受け取る事に慣れていない。保護猫ってすぐに懐かなくて、人を警戒してるじゃないか。あんな感じで、今は撫でられてもイカ耳になって俺を警戒してしまっているんだと思う。信じてる信じてないの問題じゃなくて、環境の変化に慣れていないだけ」
そう言われ、今度はストンと素直に納得が落ちた。
「日本人の男は特に、愛情表現をするのは照れくさくて『分かっているはず』で済ましている人が多いと言われている。でも俺は何かあるごとに伝えていきたいな。お互いエスパーじゃないんだから、『察して』と言っても相手の考える事が分からないじゃないか。熟練夫婦みたいに阿吽の呼吸で動けるようになるなら、別かもしれない。彼らは自分の居場所をちゃんと分かっているしね。でも恵ちゃんはまだ、俺の傍にいる事に不安を感じていて、誰かに揺さぶりをかけられたら簡単に俺を諦めてしまうかもしれない。だから俺は、恵ちゃんが『私は三日月涼の恋人ですが、何か?』って堂々と振る舞えるまで、積極的に素直な気持ちや愛情を伝えていきたい。だって、愛されてる感覚って、自信に繋がるでしょ?」
「……そうですね」
涼さんの言う通り、ある程度彼と結婚する事、共に人生を歩む決意はできているけれど、美人なお嬢様が現れたらスッと身を引きそうな自分がいる。
彼の言うように私が保護猫なら、安心するまで「ここは安全な場所だよ」と声を掛けて、決して害さず、温かな寝床と美味しいご飯を与えて、愛情を注ぎ続けるべきなんだろう。
問題があるのは涼さんの愛情の強さじゃなくて、慣れてない私のほうなんだ。
理解したあと、私はおずおずと涼さんの首に腕を回して抱き締めた。
彼は私の意図を把握し、優しく抱き締めるだけに留めてくれる。
「言っておくけど、俺が愛情を注ぐのは、恵ちゃんが俺を信じてくれる〝まで〟じゃなくて、そのあともずっとだからね」
「……はい」
きっと涼さんはご家族から惜しみなく愛情を注がれ、常に与える側として生きてきたんだ。
私は生きるのに必死でそれどころじゃなかったけど、そろそろ愛される事に慣れていかないと。
家族はいい人だし、朱里にも愛されていたけれど、私という一人の女を求めてくれる異性を信じなければ。
「……ちょっとずつ」
私は彼の耳元で呟き、チュッと頬にキスをした。
それだけで涼さんは思いきり息を吸い、こみ上げる衝動を我慢しているのが分かる。
……なんかすみません。
煽るつもりはないんですが、私はこれで精一杯で……。
「……キスしていい?」
尋ねられた私は、コクンと頷く。
「……可愛い、信じられないぐらい可愛い」
私を見つめた涼さんは、感極まった様子で呟き、髪をサラサラと撫でてくる。
そのあと、とろけそうな表情で私を見つめて、もう一度「可愛い」と呟いたあと、唇を重ねてきた。
彼はハムハムと私の上唇、下唇を順番に甘噛みしたあと、それぞれをついばんで丁寧に舐めてくる。
その、唇そのものを愛おしむような優しいキスに、泣きたくなってしまった。