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涼太くんと遊園地に行ってから三日が経って、僕はめめにあの日のことを報告をした。
できることは全部やりきってきたぞ、と興奮気味に捲し立てた。
めめは、うんうんと僕の話を全部聞いてくれて、僕が話し終わると、「頑張ったな」と褒めてくれた。
「それで、だてさんはどんな反応してた?」
「うーん、、かっこいいねって言った時は下向いちゃってて顔が見えなかったし、電車に乗ってる時は目がすごい泳いでて体調悪そうで、好きだよって伝えた時は僕がいきなり耳元で喋っちゃったからなのか、びっくりしてて、ドキドキしてもらえたのかはわかんないや。」
「そっか。…まぁ、いい調子なんじゃない?」
「うーん、だといいなぁ。」
自分の中ではあまり手応えのない結果ではあったから、めめの言う「いい調子」というものが、いまいちピンと来なかった。しかしここで立ち止まるつもりもないので、早速次の作戦を立てようと、めめに問い掛けた。
「ねぇ、次は何したらいいと思う?」
「えッ、あ、あー…キスしてみたら?」
「え、そんなことでいいの?」
「バカ、そっちのキスじゃなくて」
「…もしかして、大人がするあれ!?」
「そう。」
「えー!恥ずかしいよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。それがだてさんのためにも良いと思うから。」
「涼太くんのためになるの!?じゃあ頑張る!」
「頑張れ。」
めめにまたアドバイスをもらって、やる気がみなぎってきた。
よし、次こそ涼太くんにどきどきしてもらえるように頑張るぞ!
「涼太くん!」
それスノの収録が終わったあと、涼太くんを呼んで駆け寄った。
「どうしたの?」
少し首を傾げて、僕を見てくれる涼太くんがとっても可愛い。
これから決行する作戦に、うきうきと弾む声で「今日、涼太くんのお家行ってもいいい?」と尋ねた。涼太くんはニコニコしながら「いいよ」と言ってくれた。
「やったぁ!ありがとう!この後雑誌の撮影があって、それが終わったら連絡するね!」
「うん、わかった。あ、そうだ、なにか食べたいものはある?」
「食べたいもの?」
「うん、せっかくなら、一緒にごはん食べよう?」
「っ!!うれしい!!僕、唐揚げ食べたい!」
「ふふっ、作っておくね」
涼太くんと過ごせること、涼太くんのご飯を一緒に食べられること、全部が嬉しくて興奮冷めやらぬまま、涼太くんに抱きついた。
「うれしい、ありがとう、僕すごい幸せ…大好き」
思ったことがそのまま口から溢れて行く。一回くっついてしまえば離れたくなくなって、ずっと涼太くんの首に顔を埋めていた。
しばらく涼太くんを抱き締めていると、「時間遅れちゃうよ?」と涼太くんが声を掛けてくれた。
「うー…離れたくない…」
「また夜になったら会えるでしょ?」
「…うん、、わかった。じゃあ、これだけ…」
涼太くんの耳と首に口付けて、腕を解いた。
涼太くんはぷるぷると震えていて、手で顔を覆ってしまった。
どうしたんだろう?
心配になって僕が声を掛けようとする前に、涼太くんは「また夜にね」と言って駆け出していってしまった。
涼太くんの耳は、着ていたツナギに負けないくらい赤かった。
…もしかして、、今涼太くんドキドキしてくれてたのかな?
無事に雑誌の撮影も終わって、涼太くんに「今から行くね」と連絡を入れた。
早く会いたくて、急いで涼太くんの家まで向かった。
涼太くんが作ってくれた美味しいご飯を食べて、今は、二人でソファーに座ってまったりしている。
一緒に後片付けをするのもとっても幸せだったなぁ、いつか一緒に住めたらなぁ、なんてことを考えていると、腕に涼太くんの頭がもたれてくる。
……え?かわいい。
いつも僕から触れるばっかりなので、涼太くんから触れてもらえることに少し驚いた。
「ど、どうしたの…?」
なかなかに焦ったような声が出て、少し恥ずかしい。きっと動揺してるってバレバレなんだろうな。
涼太くんは何も答えない。無言の時間が続く。
これは、ひょっとするとめめからもらったアドバイスを、実践するタイミングなのかもしれない。大人がするようなキスなんて映画に出た時くらいしかしたことないけど、やってみるしかない。
よし、と気合を入れて、「涼太くん」と呼ぶと、涼太くんは頭を僕の腕にぴったりとくっつけたまま、上目で僕を見つめてくれる。その目は潤んで、ゆらゆらと揺れていて、僕はくらくらした。
左手で涼太くんの後頭部を包み、右手を頬に添えて撫でる。
涼太くんの瞳の奥に誘い込まれるように顔をゆっくりと近づけていくと、涼太くんは僕に全てを委ねるかのように目を閉じた。
初めは触れるだけ、涼太くんの唇は本当に柔らかい。これだけで天にも昇ってしまいそうなほど幸せだけれど、今日はそういうわけにもいかない。
震える涼太くんの顎を少し下に引っ張って、口を開けてもらう。
下唇を食んで、吸い付いて、涼太くんの舌に自分の舌を絡ませる。
ぎゅっと力を入れて目を瞑る涼太くんを安心させるように、何度も頭を撫でた。
「…ふ、ぁ…っ、、らぁう…」
甘えたように僕の名前を呼ぶ声に、心臓を鷲掴みにされたような心地になる。
可愛くて、愛おしくてたまらない。ずっとこうしていたい。
もっともっとと強請る気持ちが前に出てきて、唇は離さずに、涼太くんの体を後ろに倒す。こうしたらもっと深く繋がれる気がしたから。
僕の服を掴もうとする、その震える指を取って強く握る。
涼太くんの全部に触れたい。
好きな人とする大人のキスって、こんなに気持ちいいんだと知ってしまった僕は、もう何も考えられなくて、一心不乱にずっと涼太くんと触れ合っていた。
頭に響く水音に反応して、体の中がなんとも言えない切なさでいっぱいになる。
目の前には、無我夢中で俺に触れてくれる愛おしい人がいる。
熱を持ったこの子の体が俺に触れるたびに、体は情けなく震えて、聞き慣れない甘ったるい声が自分から出てくる。恥ずかしいのに、体はもっともっとと求める。
徐々に溶かされていく頭の中で、わずかに残った理性が叫んでいる。
「ラウールにこんなこと教えたの誰!?」と。
最近、少し様子がおかしいなとは思っていた。
遊園地にデートに行くことになって、迎えにきてくれたラウールは、俺に「見惚れちゃった」と囁いた。咄嗟のことで驚いたし、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
なんとか下を向いてお礼を言ったけど、突然あんなかっこいいことをされては困ってしまう。
遊園地に向かう電車の中でも、混んできたのを察したラウールは自然な手つきで俺の腰を抱いて、壁際に立たせてくれた。さりげないエスコートにすごくどきどきした。
誰かにぶつかられてしまったのか、ラウールが勢いよく壁に肘をつく。
いわゆる壁ドンというやつに、年甲斐もなくときめいてしまった。
ラウールの目をまっすぐ見られなくて、キョロキョロと逃げる俺の視線に何を勘違いしたのか、ラウールは「気分悪い?」と聞いてきた。
…お前のせいだよ。
お化け屋敷が怖くて縋り付いてくるのがとても可愛らしくて、いつもの感じに戻ったかなと安心していたら、「大好きだよ」とまた囁かれる。こんなに大人っぽく愛情を伝えてくるラウールがいたなんて、知らなかった。こんなラウール見たことなかった。
いつの間にこんなに大人になっていたのかと驚く反面、一日中鳴り止まないうるさい心臓が喉から出てきてしまいそうで苦しかった。
今日は首にキスまでされた。心臓に悪い。耳に落とされたリップ音がいつまでも反響していた。
好きな気持ちを抑えるのはとても難しい。
この数年、身をもってそれを痛感している。
ラウールが17歳になった頃のこと、突然ラウールから告白された。
付き合ってほしいと。
初めてあの子に会った時、あの子は中学生だった、幼い顔ではあるが日本人離れした顔立ちで、透き通るような白い肌をしていた。不安げにこちらを伺う様子を見て、守ってあげたいと心から思った。俺ができることはなんでもしてあげたかった。
多分、初めて会った時から惹かれていたんだと思う。
だからこそ、告白してくれたことはとても嬉しかったけれど、それを易々と受け取ることはできなかった。
まだ成人もしていないこの子と触れ合うことは、俺にはできない。
俺は「いい大人」なんだから。
もっと年齢の近くて素敵な子がこの先現れるかもしれない、付き合ってしまったら犯罪になるかもしれない、いつまでも見守っていられたらそれでいい。
逃げ道なんていくらでもあった。この子を傷つけずに断る言葉なんていくらでもあるはずなのに、言えなかった。
この瞬間にラウールの気持ちが止まってしまうこと、俺の気持ちを消さなければいけなくなってしまうこと、全部嫌だった。
寂しかった。
ここにいて欲しい。
俺に向けてくれているラウールのその気持ちを無くしてほしくなかった。
でも、この子はまだ子供だ。応えてはいけない。ぐちゃぐちゃになった頭の中で、俺はラウールに伝えた。
「ラウの気持ちが大人になっても変わらなかったらね」
情けないほどに、ずるい言い方しかできなかった。
こんなの、期待させるだけじゃないか。ぬるま湯の中でじっくりと生殺しにするようなものだ。どこが「いい大人」なのか。
しかし、俺の答えにラウールは嬉しそうに笑って、わかったとそれだけ言った。
そのうち、俺なんかよりももっと素敵な人に出会って、俺を好きな気持ちなんて忘れてしまうだろうと思っていたが、その予想は見事に外れた。
ラウールは、毎年自分の誕生日になると俺のところへ告白しに来るようになった。
「好きです、付き合ってください」と。
おそらく、歳を重ねるたびに、俺が言った「大人になっても」という条件をクリアしたと思ってくれていたのだろう。俺はラウールが19際の誕生日を迎えるまで、どうにかこじつけた理由を探して、まだまだ子供だと伝えて逃げ続けた。
案の定次の年もラウールは告白しにやってきた。
「これでダメでも、何度も何度も誕生日がくるたびに伝えに行くから。ずっと気持ちは変わらない。僕、今日で20歳になったよ。だてさんのことが大好きです。僕と付き合ってください。」
差し出された手に捕まる決心がついたのは、この子が20歳になった日だった。
もう逃げられないな、と思いつつ、反対にこの日をずっと待っていた自分のずるさを恨んだ。
ラウールは半ば諦めていたのか、握り返された手と俺の顔を何度も交互に見て、最終的に泣き出した。
その場にしゃがみこんで、しゃくり上げるラウールを抱き締めて、「待たせてごめんね」と何度も謝った。
そして今に至る。
俺たち8人は、これまでずっと、ラウールをとんでもない純粋培養の中で育ててきた。
年頃になって、クラスの子達が話していたのだろう、少し下世話な話に興味が湧いてくるようになると、それはどういうものなのかと知りたがるラウールが納得するようにやんわり教えることに当時はだいぶ苦労した。
俺たちの努力は無事に身を結んで、ラウールは実に純粋で真っ白く育った。
しかし、恋愛上の付き合いとなると、これはなかなかに辛いものがあった。
日々、大人の男になっていくラウールに、自分の劣情は掻き乱されるばかりだった。
ラウールは俺といると、いつも幸せそうで、楽しそうで、手を握って抱き締めて、触れるだけの口付けをしてくれる。あの子はいつも満足そうだった。
毎日かっこよくなっていくラウールに、俺はドキドキしっぱなしだというのに。
こっちは見つめられる度に、無意識に出ているラウールの色気にやられてしまって、抱かれたくてしょうがないっていうのに。
二人でご飯を食べて、ソファーでくつろぐラウールの腕に頭をもたれて甘えてみる。
もうすぐ付き合って一年が経つ。せっかく、ゆっくりと二人で過ごせるんだ。そろそろ俺は先に進みたくて、自分にできる精一杯で誘ってみることにした。
「どうしたの?」とラウールが聞いてくれるけれど、答えられない。
先に進みたいけれど、俺でいいのかな、なんて考え始めたら途端に怖くなって、うまく言葉にできない。いきなり抱いてくれ、なんてあけすけすぎてロマンのかけらもないし、第一、俺たちでこんなにピュアな子に育ててしまったんだ。いきなりそんなことを言ったら困らせてしまうだろう。
どうしたものかと悩んでいると、不意に名前を呼ばれた。
見上げるようにラウールの目を見る。
見つめられるだけで、好きって気持ちが溢れて泣きそうになる。
ゆっくりと近づいてくる綺麗な瞳に、全てを預けるように目を閉じた。