テラーノベル
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2016年6月12日、午後8時。山林に響き渡った銃声は、青年たちの幸福な未来を容赦なく撃ち砕いた。崖の淵で、朝原卓の身体が重力に引かれて崩れ落ちる。
「卓ーーー!!」
高橋勇一は喉が裂けるほどの悲鳴を上げ、泥にまみれながら手を伸ばした。しかし、指先をかすめたのは、夜露に濡れた卓の冷たい指と、夜の闇に飛び散った生暖かい「血」だけだった。親友が奈落の底へ消えていく。その瞬間、卓が最後に浮かべたのは、恐怖ではなく、勇一を庇いきったという安堵の微笑みだった。それが勇一の心をなによりも抉った。背後には、心臓を撃ち抜かれ、ピクリとも動かなくなった父・高橋剛の遺体。目の前には、底の見えない暗黒の崖。
「あ……あ、ああ……」
勇一は地面に両手をつき、言葉にならない絶望の絶叫をあげた。頭が真っ白になり、呼吸の仕方も忘れるほどの衝撃。自分が生き残ってしまったという事実そのものが、鋭い刃となって胸に突き刺さる。だが、地獄はこれだけでは終わらなかった。
「……勇一君? 卓君?」
静まり返った山林に、場違いなほど鈴の鳴るような声が響いた。懐中電灯の光を頼りに、茂みをかき分けて現れたのは、森田佳奈子だった。合宿所の夕食を知らせに、遅い二人を迎えにきたのだ。
「来ちゃダメだ! 佳奈子、見るな!」
勇一は狂ったように叫び、佳奈子の視線を遮ろうと立ち塞がった。しかし、遅かった。佳奈子の手から懐中電灯が落ち、地面を虚しく照らす。光の先には、おびただしい量の血に染まった、勇一の父・剛の遺体。そして、激しく取り乱し、両手を真っ赤に染めた勇一の姿。
「嘘……何、これ……。勇一君、おじさんは? 卓君はどこ……?」
佳奈子の声が震える。勇一は血まみれの我が手を見つめ、絶望に歯をガタガタと震わせながら、真実を告げるしかなかった。
「俺を……俺を庇って、卓は、崖から……」
佳奈子の瞳から、みるみるうちに光が消えていった。
「嘘よ、だって、さっきまで笑ってたじゃない。インカレで勝つって、私を置いていかないって、言ったのに……」
彼女は崖の淵までよろよろと歩み寄り、底無しの闇を見下ろした。
「卓君? 嫌よ、嘘でしょう!? 戻ってきて! 卓君!!」
彼女の叫びは、夜の山林に虚しく吸い込まれていく。佳奈子は泥まみれの地面に崩れ落ち、卓の血が染み込んだ土を、爪が剥がれるのも構わずに狂ったようにかき毟った。
「なんで……なんで卓君が死ななきゃいけないの……! 私、これからどうすればいいの……!」
勇一は、そんな佳奈子に触れることすらできなかった。もし自分が父の警告を信じてすぐに逃げていれば。もし自分がもっと強ければ。卓は死なずに済んだ。佳奈子をこの世の終わりより深い絶望に突き落とさずに済んだ。二人の頭上には、皮肉なほど綺麗な、雲ひとつないある意味綺麗な星空が広がっていた。
コメント
1件
もう、これ……読んでて胸が締め付けられたわ。第3話にしてここまで来るか。卓くんの最後の安堵の笑顔が、逆に勇一くんを追い詰めてて、そこに佳奈子ちゃんが来ちゃう絶望の連鎖がつらすぎる。「なんで卓君が死ななきゃいけないの」って叫び、読んでるこっちも泣きそうになった。レッドゾーンさん、容赦なく心抉ってくるな……でもこの重さ、ちゃんと受け止めた🔥