テラーノベル
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佐久間が修道院を離れ、数日。
基本的に食事を必要としない俺とは違い、人間である佐久間は流石にずっと森の奥深くで暮らすわけにはいかない。俺達は今、街に小さな部屋を借りて暮らしている。
今までの苦労や葛藤を思えば、漸く手に入れた穏やかで甘い日常だった。今日の狩りと下処理は手早く済んだ。早く帰って佐久間の顔が見たい──そんな気持ちを胸に抱きながら、俺は獲物を掴んで家の扉を開けた。
「ただいま。」
『『お帰りー。』』
「………。」
ぱたん。
反射的に、開けたばかりの扉をそっと閉めた。
…ん?何だ、今の。
一呼吸置いて頭を冷やしてから、もう一度ぎぃっと扉を開ける。さっき見えた幻覚を確かめるように、静かに室内を見渡した。が、
「………何で居んだよ…。」
俺の口から漏れたのは、呆れきった声だった。
暖炉の前では、翔太が自分の家みたいに丸くなってぬくぬくと昼寝中。窓際では、人の姿の蓮が澄ました顔で長い脚を組みながら優雅に本を読んでいる。
調理場に目を向ければ、涼太が当然のように佐久間の隣で椅子の上に立ち、夕飯の煮込み鍋を器用に混ぜていた。更には頭上の洗濯ロープで小鳥姿の康二がぴょんぴょん楽しそうに飛んでいる始末だ。
「照さん、お帰りなさい!」
俺の硬直ぶりに気付いた佐久間が、困惑するどころか花が咲いたような笑顔で迎えてくる。
「今日は皆さんが遊びに来てくれたんです!」
「見りゃ解る。」
俺は深い溜息を吐き出すと、手にしていた獲物をテーブルへ置いた。
「…俺達、住み始めたばっかだよな。」
「?そうですね。」
「なんでもう溜まり場になってんだ。」
《二人きりの新生活だぞ》と喉まで出かかった言葉を押し殺して苦々しい顔をすると、暖炉の前で片目をうっすら開けた翔太が悪びれもせずに言った。
『佐久間が《いつでも来てください》って言った。』
「、…言ったのか。」
視線を向けると、佐久間は何の疑問も持っていないような清々しい顔で頷く。
「はい!」
満面の笑み。眩しすぎて眩暈がしそうだ。俺は頭痛を覚えながら、大きな手で額を押さえた。
「佐久間…。」
「だって、皆さん家族じゃないですか。」
佐久間が迷いもなく当然のようにそう言い切ると、部屋にいた連中が示し合わせたみたいに《うんうん。》と深く頷いた。
俺だけが天井を仰ぎ、本日何度目になるか分からない深い溜息を吐いた。
「…住処はどうしたんだ、今誰も居ねぇだろ。」
本から視線すら上げず、蓮が片手を軽く翳してみせる。その掌から薄い霧がふわりと立ち上った。
「ちゃんと結界張ったから大丈夫。」
「戸締りしましたみたいな言い方すんな!」
俺のツッコミが部屋に響く中、ロープの上で遊んでいた康二がパチパチッと火花を散らし、子供の姿に変わった。そして、とててっと足音を立てて俺の元へと走ってくる。
「てるにぃ!」
「何だ。」
「かたぐるましてや!」
「…お前もうしっかり飛べるだろ。」
「いやや!かたぐるま!」
俺のズボンの裾をちっちゃな手でぎゅっと掴み、まんまるい瞳で真っ直ぐ見上げてくる。数秒間見つめ合った末、俺は諦めて大きく屈み、康二の小さな身体を両手でひょいと持ち上げて自分の肩に乗せた。
「わぁー!たかーい!」
高い視界にはしゃぐ康二を下から支えながら、俺は心底呆れたように、はぁ…と息を吐く。
それを見ていた佐久間が、目元を緩ませて嬉しそうに笑った。
「やっぱり照さん、優しいですね。」
「違う。」
秒で否定する。すると、いつの間にか彼の肩へちゃっかり乗っていた涼太が、佐久間の言い方を少し誇張して真似した。
『照さん、甘いですねぇ。』
「違う。」
そこへ翔太もすかさず口を挟んでくる。
『照って昔っから子どもには激甘だよなー。』
「違う!」
最後に、蓮が本を捲る手を止めないまま、静かな声で追い打ちをかけてきた。
「じゃあ康二限定?」
「違う!!お前までノるな!」
全員に弄られ、俺は眉間に皺を寄せた。
二人きりの静かな時間を邪魔されたのは正直癪だが、佐久間が心から笑っている。
その笑顔が見られるなら、賑やかな溜まり場になるのも悪くはないか。
…まぁ、毎日は勘弁だけどな。
ついさっきまで賑やかだった部屋に、急に静けさが戻ってきた。大騒ぎだった家族たちが去った後の空間には、パチパチと爆ぜる暖炉の火の音だけが響いていた。
「「………。」」
木製テーブルの真ん中に置かれた鍋を覗き込んだ。
二人で食べるつもりで佐久間が──否、涼太も手伝った──筈の煮込み料理。その鍋の底には、旨味が溶け込んだ濃密なスープの残りと、柔らかくなった野菜の欠片がほんの少し残っているだけ。
照さんが眉間に小さく皺を寄せて、呆れたように呟く。
「…全部食われたな。」
彼の横顔と、見事に空っぽになった鍋を見比べたら、可笑しさが込み上げてきて思わずくすっと笑ってしまった。
「二人分でしたから。でも、皆さん本当に美味しそうに食べてくれましたね。」
「…まぁ、いい。」
照さんは小さく息を吐き出すと、肩を軽く竦めた。楽しみにしていた夕食を奪われてしまった照さんの横顔を見ているうちに、僕は少しずつ申し訳ない気持ちになった。
「すみません…直ぐに何か作りますね。」
そう調理場へ向かおうとした瞬間、不意に手首を掴まれた。
「…照さん、?」
振り向くと、彼は僕の手首を掴んだままふいっと視線を横へ逸らした。
「作らなくていい。」
「え?」
「市場まで行くぞ。」
「買い出しですか?」
首を傾げる僕に彼はほんの少しだけ間を置いて、ぶっきらぼうに言葉を落とした。
「…食べ歩きデート。」
一瞬、何を言われたのか分からなくて目を丸くした。
…デート?頭の中でその言葉を理解した瞬間、顔中にカッと熱が昇って、耳の先まで熱くなっていくのが自分でも分かった。
「…!…は、はいっ!」
直後に込み上げる嬉しさ。抑えきれずに返事をすると、横を向いていた照さんの口元が、耐えかねたように少しだけ緩むのが見えた。
「ほら、行くぞ。」
スルリと手首を離した照さんが、そのまま僕の目の前に無骨で大きな手を差し出してくる。僕は迷わずその手に自分の手を重ねて、指を絡めた。
「ふふっ…はい。」
照さんは僕の革の外套を掴んで羽織らせ、繋いだ手に少しだけ力を込めながら扉を開ける。夕暮れ色に染まる石畳へ並んで踏み出した僕達の影は、いつしか一つに重なるように長く伸びていた。
コメント
2件
雫さん、こんにちは。ほのぼの回、とても癒されました💛🩷ずっと平和であってほしい…🕊️
成長したなぁ💛🩷 良き✨
水瀬菜音
11,918
#岩本照
絶対辰哉
525
#BL
うさみみ
20