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「皆さん!よく聞いてください。この高粱畑を抜ければ、満蒙開拓団の集落があります。もちろん、こんな状況では、どうなっているかはわかりませんがね。そこに佐久間共米なる人物がいましたら、私の名前を伝えて下さい。石田勝利がよろしくと!長野の後輩ですから、きっと良くしてくれるでしょう。私は此処に残ります。車を失ったこんな足では、皆さんの足手まといになりますからね。なに、心配には及びませんよ!」
わたしの願いとはお構いなしに、石田さんの言葉が響いた。
早くお天道様が現れたら良いのに…と、わたしは思ったけれど、空には相変わらず、青白いお月さまと無数の星達が煌めいていた。
それはそれで、とても美しかった。
お母さまは、そんな石田さんに強い口調で、
「そんな!おひとりで置いていくわけには参りません!」
と、言っていたけれど、
「いえ、あなた方は生きていかなければなりません!それに、私だってね。こんな歳になっても正直死にたくはないんですよ。これではまるで、私が死んでしまうのが前提みたいで聊か心外ですな。大丈夫!あいつらだって、義足の老いぼれに銃は向けんでしょう!」
「でも…」
「さあ、私がこの場で時間稼ぎをしますから、高粱畑を突っ切って下さい!」
「…」
「私の認識では、ソヴィエト軍は規律正しく紳士的だ、生きてまた、日本で会おうじゃありませんか!」
「わかりました」
お母さまはそう言って、わたしの手を引いて走り出した。
高粱畑はジャングルみたいで、掻き分けながら進むわたしたちは、なるべく石田さんのことを考えないようにしていた。