夜の街は、まるで眠っているかのように静かだった。
窓の明かりも、遠くで鳴る車の音も、すべて遠い世界のもののように思える。
私は、一つの箱を手にした。
冷たい光を放つ、その装置――自殺誘導プログラム、02号《ハウス・エスヴェル》。
画面が点灯し、淡い青色の光が部屋を満たす。
冷たい声が、敬語で、でもどこか温度を含んで響いた。
「ご利用ありがとうございます。あなたの担当プログラムは、02:ハウス・エスヴェルです。」
私はその声に、心の奥でかすかな期待と、強い諦めを同時に感じた。
それはまるで――もう二度と会えないはずの誰かが、目の前に立っているかのようだった。
画面の奥で、影のように、少女の姿が現れる。
三つ編みの髪、背の低い体、そして黄色いカーディガン――
どれも、私の心が覚えていた「幸せ」を模した形。
でも、どこか無機質で、完璧すぎるその笑顔に、私は息を飲んだ。
「……あなたの“終わり”をお手伝いするのが、わたしの役目です。」
「……でも、私は――」
言葉が続かない。胸の奥にある、まだ消えていない想いが、静かに痛む。
プログラムは、淡々と、しかし優しく私を見つめていた。
そして私は知っていた。
この箱の中の存在は、私の望む姿を完璧に模倣できることを。
でも、だからこそ——
もう戻れない。
もう二度と、同じ日は来ない。
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