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「ハルハル達おひさ~!」
「いや、一週間ぶりだろ。久しぶりってほどでもねえ」
あのドライブから何週間か経った後だったか。
今日は、空のフライトに付合うということで明智と神津を呼び寄せ空の祖父が経営しているヘリ場まで来ていた。最悪だったのが、ここに来る前に何台もパトカーを見たことだ。嫌な予感がしつつも、非番である為呼び出されない限りは目を瞑っていたい。それは、警察官としてどうなのかと言われたら、すみません。としか答えられないが。
「高嶺、お前その格好……」
「何だよ、明智。別に俺が何着ていたって良いだろうが」
「仕事着だろ、それ」
だが、相変わらず優秀でめざとい明智にはすぐにバレてしまった。俺の服が、仕事着、スーツであることを明智は指摘すると何かあったのかと心配そうに顔をしかめた。せっかくの空のフライトをそんなことで邪魔したくない俺は、どうにか話題をすり替えようと、服繋がりで明智の着ている同じくスーツについて突っ込んだ。
「ここに来る途中パトが何台も出動しててな、また呼び出し喰らって家もどんの面倒だからっつうことで……つか、それ言うなら明智だって同じような格好してんじゃねえか。喪服かよそれ」
全身黒ずくめ、と言ったらまあ語弊があるのだろうが、黒いスーツにズボンにネクタイに。葬式帰りかと思うぐらい真っ黒な服を着た明智に違和感を覚えた。普通の人間ならこんな服を日常的には着ない。確かに、明智が探偵でありスーツを着てビシッと決めているというのなら分かるのだが、ここまで黒に染めなくてもいいだろう。裁判官でもあるまいし。
そう俺が指させば、明智は顔を曇らせた。哀愁帯びているその表情にまた余計なことをいってしまったのだと自覚する。どうにも、人のことを考えられない、感情が先に動いてしまうため、きっとこれからも直す努力をしなければ人を傷つけてしまうのだろうと。
「お前の言うとおりだよ。これは喪服だ。それに、これを着ていることに馴染んじまってな」
「そ、そうかよ……何か悪いこと聞いた気がする」
謝ることしか出来ない俺に対し、気にしていないと言うように首を振る。
そういえばと、言った後に思い出したのだが明智は警察官である父親を目標に警察になろうと思ったらしい。だが、その父親は、明智が警察学校卒業時に死んだのだ。葬式には出なくても良いといわれたため言っていないが、きっとそれを引きずっているのだと思う。目標だった父親の突然の死。普段笑いも涙もないような明智も相当ダメージを負ったに違いないと。見れば、所々ほつれのあるスーツを見れば、もしかすると父親の着ていたものを譲り受けたのかも知れないと。
俺だって、死人を悪く言うほど非情ではない。
そんな風に、半分俺のせいで空気を悪くしてしまったため、重苦しい空気が流れ始めた。すると、空がそれを霧散させるようにポンと手を叩く。空とちらりと目が合ったため、きっと俺と明智に配慮してくれたのだと思う。本当に申し訳ない。
「じゃあ、早速乗ろうよ! 時間勿体ないし~あっ、勿論運転はオレで、じいちゃんの許可も取ってるから問題ナッシング~今日は貸し切りだよ」
かわいこぶってウィンクまでする空に、明智もその後ろにいた神津もクスリと笑っていた。どちらかといえば今日は神津を喜ばせるためのフライトのはずなのだが……
「うお! すげえ!」
空の操縦するヘリが上空へと舞い上がると、明智は窓に手を当て子供のようにはしゃいだ。珍しい明智の姿に驚きを隠せないが、その顔を明智の本来の幼さを引き出しているのは神津なんだろうなと、明智の恋人の方を見る。澄ました顔で、楽しいのか楽しくないのか分からない顔をして、神津はヘリから見える景色ではなく明智を見ていた。
(っけ……リア充が)
「ユキユキはどう? 楽しんでくれてる?」
「うん、とっても」
「いや、お前ずっと明智の方見てんだろ」
そんなことないよ? とにこりと微笑む神津は、やはり明智しか見ていないようだった。でもまあ、彼奴らの距離が縮まるならそれもまたいいかと思った。後押しとかそう言うの臭いし面倒くさいししたくねえけど、ダチだから……そう思って、俺は目を瞑る。
「それに、この機体には最新の技術が搭載されていてね、GPSとか、レーダー、あと、何よりすごいのは自動制御機能がついているんだよ。だから、安心安全に飛ばせるってわけ」
「いや、よく分かんねえけど凄えな」
「それは、分かってないって言うんだよ。ハルハル」
操縦席で、楽しげに鼻歌を歌いながら空は言う。明智は、機械ものに弱かった為か全く分かっていないような返答をする。俺も別に詳しくないが、嫌っていうほど空には聞かされた。それが右から左に抜けていってはいたのだが。
落ちないかと、少し巫山戯て機体を傾けた空に対し、明智は少し顔を青ざめていう。空がそんなヘマするわけないといってやりたかったが、また余計なことをいいそうで口を閉じていた。そんな風に明智を見ていれば、ぼそりと空が暗い表情で口を開く。
「それに、オレは父さんみたいに誰かに恨まれてないし……」
明智も俺も顔をしかめる。
明智は空の父親がフライト中の事故で死んだことを知らない。知っている俺からすれば、久しぶりにその言葉が聞えて振り払ったと思っていた空の過去と闇を垣間見た。そりゃ、空の夢を潰したきっかけでもあり、空が飛ぶことに恐れを抱く原因にもなったものだ。そして、一時期人間不信になった原因でもある。
(まあ、明智は知らないだろうけど、俺はそんな空がどうやって克服したか、近くで見てきてるんだからな)
そんな良心もないマウントを心の中で取りつつ、ふと下を見れば赤色のランプがペかペかと幾つも光っているのが見えた。豆粒みたいに見えるそれは、普段俺達がよく見ている白と黒の車だ。
「な、何だよ、颯佐。大きな声出して」
「い、いやあ……あー、面倒くさいことになったなあと思って」
空はがくりと肩を落とした。俺も一気に気分が下がる、クソったれ、と心の中で悪態ついて空の方を向く。
嫌な予感は当たったようで、今日は冴えているなあと、空のフライトをダチとの時間を潰されたことに俺は怒りを抑えきれなかった。
カッカッと、ハンドルに爪を立て深刻そうな表情をする空。機内に響く無機質なコール音。
「ミオミオ、電話」
「マジか……いやあ~な予感がするなあ」
拒否権があるのなら今すぐに着信を拒否したい。だがそこに映し出されたのは上司の名前で、これを無視すると後はどうなるか分からない。それに、俺自身、下で起っていることが予想がつくため警察官として動かなければならないと思ったのだ。
(ッチ……本当にイラつく)
舌打ちは心の中にとどめ、俺は電話に出る。案の定、切羽詰まった声のでけえ上司からの要請だった。
「はい、はい。分かりました。今すぐ向かいます」
苛立ちが隠せずブチりと切って、俺は助手席で溜息を漏らす。その様子を見ていた神津が、不思議そうに俺の顔を見ると全て察したように推理ショーを披露する。
「下で警察官達がてんやわんやしてるのって、もしかして人質?」
「人質?」
「そうだよね? みお君。電話の相手は、多分君の上司で、今下で起っているのは、人質を取った犯人が逃亡手段にヘリコプターを用いろうとしている」
と、電話の声でも聞えていたのかというぐらい一ミリもずれていない言葉を放つ神津。明智もそうだったが、此奴らの洞察力にはかなわないと思った。最も、神津は一番敵に回したくない。「人質」と口で物騒な単語を言っても、その眉がピクリとも動かないところを見ると人にあまり興味がないように思えた。
「もう、せっかく人が気持ちよく飛んでるって言うのにさ。何? 逃亡手段にヘリコプターって? オレに操縦しろって? 嫌だね、嫌だ。あーもう、ほんと最悪! どーせ、何やっても今日は報告書作成だよ。もう無理、最悪! ほんと、今日みたいなフライト日和滅多にないのに!」
「落ち着け、空。俺もきっと、同じだから、な?」
空はむきーっと顔を赤くして怒っていた。そりゃあ、気持ちよく飛んでいたのに、銀行強盗のせいで全てがおじゃんだ。この鬱憤は犯人にぶつけるしかない。
下で逃亡を企てヘリを使おうと企んでいる銀行強盗。たちの悪いことにその銀行強盗は、銀行員を人質にとってここまで車で逃亡してきたらしい。そして、早く追っ手を振り切るためにヘリを使おうとしているとか。それを、どうにかしろと上司から命令された。俺達が何処にいるとも知らないで。
(まあ、その方が好都合っつうか。犯人はヘリに警察が乗ってるとしらねぇ訳だし)
後ろに目をやれば、明智は久しぶりの騒動に怖じ気づいているのか、理解できていないのか、俺がある程度の事情を話せば全てを理解してくれ、小さく頷いた。言葉のいらない関係になれたのは、あの警察学校での十ヶ月があったからだ。
「ハルハル、ユキユキ、ほんっとうにごめん。こんなことになっちゃって……って、謝るのはオレじゃないか。あの銀行強盗を捕まえて縛り上げて、オレ達の前で土下座させるまで許せない。土下座したって許さないけど!」
空は、ヘリを降下させ犯人の要求通りに地上に向かう。だが、勿論犯人の要求は通さないつもりだ。
「春ちゃん、これから一体何が始まるの?」
「あ、ああ……あー、此奴らのワンマンショー?」
明智は全てを理解しているようだが、まだ神津はその地点に到達していなかった。でも彼奴ならその内その地点に到達するだろうと。
「ミオミオ、もう少し下がったらお願いできる?」
「おうよ! 任せとけ!」
俺はそう言いながらヘリの扉を開ける。まだ地上までは遠い地点。だが、これぐらいの高さであれば問題ない。
足は少しだけ震えているが、それよりも怒りが増さっている。本来であれば、俺は落ちるのが専門じゃなく、跳ぶのが専門なのだが。
「じゃあ、ミオミオよろしく」
「おう、んじゃまあ、いってくるわ」
「え、え、み、みお君!?」
神津の制止を振り切りつつ俺はヘリの上から飛び降りた。勿論、犯人の鼻をへし折るために。
地上に降り、俺が降ってくることなどそりゃあ想像できなかった犯人の顔面に俺は落下の速度をそのまま犯人にぶつけてやる。犯人は後ろに吹き飛ぶと、持っていたナイフが地面を滑る。人質の女は無事保護されたが、犯人の確保まではいたらなかった。
ジャキッ……と弾を装填し俺の背に銃口を向けた犯人がそこにいたからだ。
(腕鈍ったか? まあ、別に人質は保護したんだ、後はどうにかなるだろう)
今度は俺が人質に取られたような形になってしまい、俺は両手をその場で挙げた。勿論、降伏でも人質になるという無抵抗のサインでもない。
一発で仕留められなかったことを悔やみつつも、あの高さと速度を考えたとき着地を視野に入れるとなると、やはり少し殴る速度もタイミングも計らなければならなかった。その結果、一発で仕留められなかった。まあ、犯人がタフだったということもあるが。
バババババ……と絶えず鳴り続けるプロペラ音と、ヘリが上空にいるが為に靡くスーツ。上空では明智と空が何やら作戦を練ってくれているようで、その視線が地上にいても伝わってきた。一応、俺も警察だ。もしもの可能性も考えなかったわけではない。
明智と空ならやってくれると、俺は信じて地上に降りた。後はダチを信じるだけだとフッと口角を上げる。
そうして、その瞬間はすぐにも訪れる。
「ぐあっ!」
犯人が持っていた拳銃はその場ではじけ飛び、手を押さえうずくまった。上空からの射撃。それは明智によるものだった。
(警察やめてたんじゃねえのかよ……)
何処で拳銃を入手し、保有しているのかは分からないが、元公安らしいからきっとそういうルートで許可されているんだろうと、俺は上空を見つつ思った。
確保――――! とぴんと張っていた緊張の糸が少し緩んだ気がし、俺達は犯人の確保が出来、その後明智と神津に謝り倒した後に報告書と説教を喰らう羽目となった。