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「そっち行っていいか?」
「……どうぞ」
コロンと転がってスペースを空けると、尊さんは隣に寝そべって頭を撫でてきた。
「可愛い秘書は労らないとな」
「うう……、急に戻ってくる現実」
「ははっ、悪い。夢の国の間は現実を忘れないとな」
尊さんは軽く笑ってから、チュッと私の額にキスをしてくる。
「あっ、……ちょ、ちょっと待って……。一日遊んだからテカリとか気になりますし、先に顔を落としてきます」
どれだけ一緒にいる事に慣れてきても、まだまだ乙女でいたい。
私は疲れを忘れてサッと立ちあがると、荷物からクレンジングや洗顔、基礎化粧品一式を出して洗面所に向かう。
尊さんのマンションの洗面所も広いけれど、外出先だと思うと気分が上がる。
(今は五月。……六月には就任パーティーがあって、七月には凜さんに会いに行くのか)
そう思うとやる事が目白押しだ。
(八月のお盆休みってどこか行くのかな)
先の予定を聞いておこうと思った私は、クルクルと優しくクレンジングしながら尊さんに尋ねた。
「お盆休みって予定ありますか?」
「んー……、旅行に行くつもりでいて、そろそろ相談しようかと思ってた」
「尊さんと一緒ならおうちでゆっくりでも嬉しいですからね。ただでさえ忙しくなったんですから、寛がないと。……それに、速水家の皆さんと過ごすお盆もいいんじゃないですか?」
せっかく打ち解けられたんだし……と思って言うと、尊さんはクスッと笑った。
「確かにそれもある。実はちえりさんから『いつか親睦を深めるために、みんなで温泉にでも行かないか』って言われていて。まだいつかという話はしていないから、秋の連休にでもして、夏は朱里を優先……と考えていた」
「皆さんとの交流を優先しましょうよ。私は一緒に暮らしていますし、本当にいつでも大丈夫なんです。速水家の皆さんは、みんな忙しくされてるから、お盆休みとかのほうがいいんじゃないですか?」
「確かに……、それも一理あるな」
尊さんの返事を聞いてから、私はザブザブと顔を洗ってダブル洗顔し、基礎化粧品でフェイスケアをしていく。
「そのうち、嫌でも家族サービスを優先しなきゃなりませんよ」
いずれくる三人、もしくは四人家族での未来を示唆すると、尊さんは微笑む。
「それも楽しみだけど……。でも朱里と二人きりの時間も大切にしないと」
彼の返事を聞いた私は、にっこり笑った。
「そうやって私を優先してくれる意志があるだけで、充分ですよ」
「……いじらしいけど、今から自分を後回しにする癖がついたら駄目だな。徹底的に甘やかさないと」
ニヤッと笑った尊さんの言葉を聞き、私はクスクス笑った。
「やだ。尊さんに甘やかされたら、人間のカタチを留めていられなくなるから怖い」
全部終えて手を洗ってからベッドに戻ると、尊さんにギュウッと抱き締められた。
「人間から猫になるか?」
こめかみにキスをしてくる尊さんを抱き締め返し、私はスリスリと彼の胸板にキスをした。
**
(えっと……、えっと……)
部屋に入ったあと、その豪華さを満喫する暇もなく、私はソファに腰かけたまま固まっている。
「恵ちゃん? 先にサッとシャワー入っちゃうけどいい?」
「はっ、ハイッ」
涼さんはリラックスモードで、初めて会う女子と同じ部屋に泊まる事をなんとも思っていないみたいだ。
「慣れてるのかな」と思うと、ちょっと悔しい。
固まっているうちに彼はバスルームに行き、やがて水音が聞こえてきた。
(今……、彼、全裸? シャワーブースで全裸? MAPPA?)
クワッと頭に血が上ったあと、私は自分を落ち着かせるべく深呼吸する。
(いや、何もしないって言ったし。添い寝って言っても隣に転がってるだけ。抱き枕と同じ。…………!? 抱き……っ!?)
自分の考えに翻弄され、私はワタワタと手の前で両手を振る。タコ音頭か。
たまに腰が痛くなった時に抱き枕を使っているけれど、あれが涼さんだと思った時点で即、脳内が詰んだ。
(無理でしょ!)
頭の中に某有名塾講師が浮かび、なんならその手のジェスチャーもつけつつ、私は心の中で突っ込む。