テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
此れは昔々の御伽噺。
ええ?どうせよくある話?
まあそう言わずにまだ本は閉じないで、冒頭だけでも読んでみてから決めてちょうだい。
此れは昔々の御伽噺。
此処から遥か北西、空気の澄んだ小さな國に真っ白なお姫様が居たとか。
陽が射せば光となって消えてしまいそうな、雪が降ればそのまま溶けてしまいそうな、そんな純白の女の子だった。
其のプリンセスの名は、リリアル。
あら?やっぱりよくある話だった?
まあまあ、リリアルの素敵な人生譚くらい最後まで読んでみたら良いじゃないの。
御伽噺なのか実話なのか、とかそんな話をしているんじゃあ無いのよ?
唯、少し遠くの國に住んでいたかもしれないお姫様に想いを馳せるのも悪くないわよってこと。
別に嫌なら強制なんてしないわ。
でももしも貴方が彼女を知りたいと思ったのなら、ページを捲ってあげて。
私は結末まで知っているし読書の邪魔にならないように少し出掛けてくるわね。
じゃあまた後で。
リリアルは幼い頃から今日までお姫様として特別に扱われることに辟易していた。
いつだったか、物心ついた頃にフワフワしたドレスを着せられ両親と共に向かった先で出逢った婚約者の男の子。
隣國の王子様だと紹介された。
私はいつか好きでもない此の男の子と結婚して子供を産んで家庭を築き、老いて死んでゆくのだと人生を悟った。
昔から言われ慣れていた。
子供らしくないだとか、楽しそうじゃないだとか、そんな忌まわしい言葉ばかり投げ掛けられた。
笑わない。
可愛くない。
お姫様らしくない。
つまらなそう。
普通じゃない。
白くて気持ち悪い。
私はプリンセスに相応しくないのか。
落ち込むなんてダサいことはしなかった。
寧ろ清々した気がする。
そんなプリンセスにも童話にも相応しくない冷めたお姫様だった。
そんなプリンセスも何度か考えた。
い つ か 、 プ リ ン ス に 奪 わ れ た い 。
叶う訳も無いようなちっぽけな夢だった。
独り城の中から外の世界を眺めたり、書庫の童話に登場するプリンスに心躍らせたり、誰にも見せない表情を窓に映して誰かを待っていた。
誰かを、貴方を、待っていた。
リリアルが18になる誕生日。
國はすっかり賑やかになっていた。
其の夜、リリアルは婚約者と正式に誓いのベーゼを交わす。
國中の人々が彼らに喝采を浴びせる、そんな素敵な夜になるはずだった。
其の國の人々は恐らく誰も知らない、其処から遥か南東の國からやってきた男が居た。
リリアルより3つ上の背丈が高くスラリとしていて黒いスーツを身に纏った男の人が此の國に入ってきた。
喧騒から逃れるために草地で鞦韆に乗り遊んでいたプリンセスと今宵限り怪盗になりきるプリンスが出逢った。
「 珍しい、此処に人が来るなんて。 」
「 御無礼をお許しください。 」
「 あぁ、良いのよ。
私リリアルって言うの、貴方は? 」
「 … ノワールと言います。 」
此れが2人の出逢いである。
何とも普通で面白味なんてこれっぽっちも無い今日も何処かであったかもしれない、そんな極普通の出逢いだった。
「 ノワール … ノワール、
とっても素敵なお名前ね! 」
弾けたような笑顔を魅せて素敵だと褒めた純白の女の子と陽が暮れるまでそうして話していた。
「 ノワールは此の國では無いんでしょう?
ねえ何処から来たの? 」
「 南東の島国からですよ。 」
「 南東!?やっぱり素敵ね!
いつか行ってみたいな …… なーんて笑 」
肌に心地の良い風が2人の間を駆け抜けた直後、ノワールが口を開いてリリアルは頬を濡らした。
「 ぃ、今 … 何て仰ったの …… ? 」
「 リリアル様、
今宵私と一緒に逃げませんか? 」
此の時の彼女の表情はいつかの窓越しにも見ることが出来ない、彼しか知らない、余りにも素敵な女の子の表情だった。
「 喜んで! 」
溶けてしまいそうな純白のドレスに純白の髪、そして純白の声音。
声音に色など無いと思うかもしれないが彼女の声は確かに清純で雪白だった。
大衆の眼を掻い潜り、純白のプリンセスが盗まれた。
彼らの其の後を知る人は殆ど居ない。
もしかしたらもう本人達しか知らないのかもしれない。
國の人々と隣國の王子は陸続きの國を捜し廻り、やがて既に亡き者だという結論に至ったと聞いた。
彼らは海を渡りノワールの住む國で王族などは関係の無い平穏な暮らしを見付けた。
「 リリアルより先に逝ったらちゃんと叱ってくれ。 」
「 馬鹿言わないでちょうだい。
貴方が死んだら私もすぐに死んであげる。
だから怒らないわ、何をしても私が悪になんてしないもの。 」
彼にしか見せない乙女の胸中。
昔から変わらないプリンセスとしての芯。
貴方には教えない百合の花のブランシュ。
「 ねえ私昔から思っていたんだけどね、
私達の名前って正反対だけど悪を揺るがせるのは善だけで善を揺るがせるのも悪だけって感じで好きなの。 」
「 君は昔から素敵な考え方だね。 」
「 ええ?そう?
ノワールと話しているからじゃない? 」
「 僕より格好良いから時々困るよ。 」
「 あら、私は世界で2番目よ。
私を盗んでくれたあの日から貴方が世界で1番格好良いのよ。 」
いつからかお互い砕けた話し方で、
いつからかお互いがお互いを愛して、
今宵も彼の心を盗むのは彼女で、
彼女のことを盗み続けるのは彼で。
いつかの貴方に灰色のベーゼを。
そろそろ読み終わったかしら?
ええ?結局よくある御伽噺だった … ?
まあそうね、そうかもしれないわね。
私は御伽噺みたいな実話を読んで御伽噺だったと言ってもらえただけ幸せ者かしら?笑
「 … え?此れってもしかして、
全部ユリお婆ちゃんのお話なの!? 」
さあ?どうだったかしらねえ。
「 ねえ、ユリお婆ちゃんの本名って … 」
そうねえ、確か、
リリアル。
北西の國の王族で世界一格好良い旦那さんに盗まれた世界一可愛い女の子よ。
此れは昔々の御伽噺とは少し違う、
いつか本当にあった灰色の人生譚。
潔 白 怪 盗 、 此 処 に 在 り 。
灰 色 人 生 譚
コメント
1件
冒頭はリリアルちゃんなのかなと予想はしてたけど、まさかのお孫ちゃんに聞かせてる話とは思わなかった、!!やばい好きすぎる🤦🏻♀️💞 誰にも見せない表情が窓に映るのが、自分だけは見てるみたいな感じで好き(?) ちょっとだけノワールくん視点になるとこ流れ綺麗すぎて目見開いた🥹 私はあめちゃんに心を奪われました(は ほーんと次々に良い作品ばっかり🫶🏻️