テラーノベル
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九月に入り、日暮が少し早くなった。
特に雨の日はほの暗い。
「満島さん、具合悪いの?」
窓際の席の瑠璃は、流れる雨の雫に物思いに耽り、書類上のボールペンは止まりがちだった。
それを心配した隣の女性社員に声を掛けられ、我に返った。
「あ、ごめんなさい。大丈夫です」
終業時間が近い。新規保険契約書類の不備チェックが数枚残っている。
慌ててピンク色の付箋を出し、瑠璃は不鮮明な印鑑やふりがなの未記入箇所にそれをペタペタと貼り始めた。
「お先に」
「あ、お疲れさまでした」
終業のチャイムが鳴り、寿が帰り支度を始めた。
「なに、あんたまだやってんの?」
「うん、ちょっと、ボーーーっとしてて」
「いつもの事じゃん」
「ひど」
そこへ火曜定例会議を終えた黒木が総合管理職フロアから戻ってきた。
それを目の端で見つけた寿は片目を瞑り「お先」とフロアから姿を消した。
あちらこちらから席を立つ音が聞こえ、「あぁ、なんでこんな事にと……」と大きなため息を吐いた時、黒木が瑠璃に声を掛けた。
「満島さん、その書類持って来て」
「あ、遅くなって、申し訳ありません!」
瑠璃は慌てて八枚の契約書類をまとめ、小走りで黒木のワークデスクに駆け寄った。
慌ててパンプスの小指をスチールデスクの脚に引っ掛けてしまい、痛みで顔を歪める。
「そんなに慌てなくて良いから」
「はい」
「ただ、もう少し早くに提出してくれると事務方も助かると思います」
「申し訳ありません」
「以後、気をつける様に」
「はい」
勤務の上での黒木は相変わらず厳しかった。当たり前だ。
気落ちしながら両腕を身体の脇に着けて謝罪する瑠璃の目の前に、一枚のメモ用紙が差し出された。
お疲れさま
これから食事でもどうですか
駐車場で待っています OKならばこの付箋を取って下さい
瑠璃は迷わず、メモ用紙に貼られたピンク色の付箋を指先で摘んだ。
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