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思わず叫びそうになり、両手で口を塞ぐ。
スマホを落としそうなほどの衝撃。
俺の貯金の半分以上、いや、もっとかもしれない。
それが、今あの人の腕に巻かれているのだ。
(待って待って……! 高級時計の『入り口』って言ってたよね!? これで!?)
尊さんが大人で、稼いでいることは知っていた。
でも、自分とは住む世界が違うような、圧倒的な金銭感覚の差を突きつけられて、眩暈がした。
(……もしかして、尊さんがいつもなんの躊躇もなく奢ろうとしてくれるのって…こういうこと?)
デートのたびに「俺が出す」と簡単に言う彼。
悪いからと割り勘を申し出ても、「たまには甘えろ」とスマートに会計を済ませてしまう。
その余裕は、ただの優しさだけではなく、彼自身の積み上げてきた生活の重みそのものだった。
貯金が趣味だと言っていたし、余裕があるのは薄々感じていたが、まさかこれほどとは。
「恋」
「ひゃいっ!」
名前を呼ばれ、跳ねるように振り返る。
いつの間にか戻ってきた尊さんが、俺のすぐ側に立っていた。
「驚きすぎだろ、何をそんなに夢中になってるんだ?」
「いえ……! あ、実は……ランチの時の時計、気になって調べてたんですけど……値段に思わずびっくりしちゃって、あはは……」
誤魔化しようがなくて正直に言うと、尊さんは「ああ、あれか」とあっけらかんと笑った。
「長く使うつもりで、結構奮発したからな」
その潔い態度に、俺はもう乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。
◆◇◆◇
帰り道
街灯の下を、いつものように二人の影が並んで伸びる。
住宅街の静かな夜風が、俺の火照った思考を少しずつ冷ましていく。
「それにしても、尊さんって……本当にすごいですよね……」
言葉が自然に零れた。
尊さんは歩みを止めず、視線だけをこちらに向ける。
「考えてみれば、いつも軽々と奢ろうとしてくれますし……やっぱり、しっかり貯金してるからですか?」
信号待ちで立ち止まり、彼の顔を覗き込む。
街灯の光が彼の切れ長の瞳に反射した。
「ああ……まぁ、それもあるが……」
「それも? 他に何か理由があるなら、聞きたいです……!」
熱心に問い詰める俺に、尊さんが困ったように眉を下げ、自嘲気味な笑みを浮かべた。
そして、ゆっくりと右手をコートのポケットに沈める。
「……その、なんだ。前の恋人……つまり薫と別れてから、だな」
その名前が出てくるとは思わなかったから、一瞬、空気が凍りついた気がした。
「あ、そ……そうなんですか? なんかすみません……変なこと聞いちゃって」
「いや、恋が気にしないならいいんだが。……アイツといると、貯金をすればするほど金が減る一方だったからな」
「……え? 減る、一方……?」
予想外の答えに戸惑う俺を見て、尊さんは静かに続けた。
「薫はとにかくブランド物が好きでな。付き合って3ヶ月の記念日に、エルメスの10万円近くするポーチをせがまれたこともある」
「さ、3ヶ月でそんな高価なものを……!?」
俺は絶句した。
自分が尊さんとの1年記念日のプレゼントに選ぼうとしている1万円のボールペンが、一瞬で豆粒のように思えてくる。
「さらに、俺が当時大切にしていた時計……貯めた金で買った30万ぐらいのものだったんだが、その時計をパクられた挙句フリマサイトで売られてな」
「と、とんだ毒彼氏じゃないですか! 尊さん可哀想……」
「ははっ……今でこそ笑える話だが、注意したら『あんなガラクタに大金使うぐらいなら俺に30万使って!』って言われて、そのときは納得してしまってな」
「そこ納得しちゃダメでしょ! 尊さんがせっかく貯めて買ったのに、それを奪って、しかも売るなんて最低すぎますし……!」
「っていうか……記念日にそんなに強請られるぐらいなら…普段も酷かったんですか……?」