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順風満帆だ。僕と一花さんは穏やかな日々をしばらく過ごしていく。それはまるで波風の立たない航海のように。一花さんはとても可愛い女の子で、デートを重ねる度にどんどん惹かれていく。ただし、僕は彼女に捨てられる一抹の不安を抱いたまま。大きな台風というのは一抹の気圧の変化から生じるもので、ブクブクと規模を拡大してゆき、最終的に僕らのもとに災害として降りかかる。
だけど、言い訳をさせて欲しい。僕にはどうすることも出来なかった。僕たちの航海は台風とは離れたところにあって、手が届かなかったのだから。それがぶつかる瞬間までどうすることも出来なかったんだ。予知夢なんか持ってたって役に立つもんか!
僕は夕暮れ時、女の子と校舎裏で会っていた。赤い髪飾りの似合う女の子だったけど、その顔はいつもと違って少し険しい。ついにこの日が来てしまったんだ。
「啓示くん、いえ、近藤くん。私はあなたがキライです。大嫌い。」
意味のわからない告白だ。意味というか、意図が分からない。それを僕に目前に言うことで一体なんの意図があるというのだろう?
与田さんは、僕の返事も聞かず立ち去ってしまう。別れの言葉も無しに。
「あっ、待ってくれ!あ、頼む…。」
予知夢なんてクソの役にも立たない。
現実は悲しいかな、僕の制止に与田さんは一瞥を配ったあと、小走りで立ち去ってしまった。僕はそれを追うことも出来ず、その場で日が暮れ切る最終下校時刻まで悲愴に暮れ切る。
燃ゆるような恋は冬の寒さに負けて終わってしまった。学校にももう行きたくない。
あれからどうやって家に帰ったのか、記憶が定かじゃない。覚えていないこともないけど、鮮明じゃない。キョンシーのように魂のない肉体が1人歩きしているみたいだ。
皮肉にも、その日見た夢は与田さんとこの部屋でデートをする夢だった。まるで創作の幼なじみのように、隣の家の窓から足をかけて入ってきて、夜中まで入り浸って…もう未練タラタラすぎる自分が大嫌いだ。
「起きろ啓示ー。もう昼だぞー。遅刻だろー?」
ノックもせずに姉さんが入ってくる。普通ならば遅刻する前に起こしてくれるはずだが、そんな時間に姉さんは起きているはずがない。
「うわ。お前ひでえ顔だなあ。」
「…うるさいよ。あと、今日は休む。」
いつも何をするにもダルそうな顔をする姉さんが、なぜか僕の一言で顔色がころころ変わる。始めは怒った顔をしていたが、困った顔、ひらめいた顔、笑った顔になった。
「よし、出かけよう。」
「…え。今日は学校は休みたいんだ。頼むよ。」
「学校じゃないどっかだ。姉さんとデートだぞ〜。」
本当ならば出かける気力など微塵も無いのだが、半ば引っ張り出される形で家の鍵を閉める羽目になった。
街を歩けば色々な記憶が蘇ってくる。きっと生物であればみなそうだ。動物はかつての古巣に戻るものもあるそうだ。なお、僕の蘇る記憶は良い記憶であって良い思い出にはならなかった。待ち合わせに使っていた公園に出向いたときなんかは、その方角に行くだけで込み上げてくる。もしかしたら女々しいと思うだろうか。まだ1日目だし大目に見てくれるか…?
「んで、今日はどうしたのよ。珍しく休むなんて言ってさ。」
ここの公園のベンチは待ち合わせに使っていた…。初めて与田さんと会った場所だ。
「そんなに珍しかったっけ?ちょくちょく休んでたと思うんだけど。」
「んー確かに。お前月イチくらいで休むね。なんで?」
予知夢を見た感覚が気味悪くて体がだるくなるなんて言えない。
「…体調悪いから。」
「今日は特に酷かったぞ。」
「夢見が悪かったんだよ。」
「なんだそりゃ。平安時代の人間でもあるまいし古臭いこと言うな。」
腑に落ちない顔でベンチに横柄に腰掛ける姉さんは僕と顔を合わせようとしない。
「姉さんこそ、いつも連れ出される側なのに今日はどうしたのさ。」
「なんかな。お前を今日そのまま休ませてたらダメな気がしたんだ。ダメ人間になる気がしたのさ。だから、今日はデートというお出かけだ。あたしもたまたま休みだったしな。」
外出してから、初めて姉さんと目が合う。いつもの目つきとちょっと違う気がした。メイクの具合のせいだろうか?デートかどうかは置いておくとして、心配してくれる家族が気を配ってくれるというのはありがたいものだった。その気遣いが暖かい。だって、そうだろう?姉さんは僕の顔がいつもより酷いだけで事情も聞かずにこうやって共に歩いてくれたのだから。
「夢見が悪かったとか言ってたがどんな夢を見たんだよ?」
「忘れちゃったな。」
「いつも夢のことは事細かに説明出来るお前が忘れるわけがない。体調が悪いっつーのも外出出来てる時点でダウトだな。本当のことを全部話しやがれ!」
家族には敵わないんだなあ。観念して全て話すことにした。
「……フラれたんだよ。でも、夢見が悪かったのも嘘じゃない。それに関しては今日の話じゃないけれど。」
「え、付き合ってたの?初耳だわ。」
「まあ、そういうこと。ワケも分からずフラれちゃったんだよ。」
「自分にとって好い人じゃなかったんじゃねえの?お互いにさ。そう考えるしかないって。」
「僕は本気だったのに、向こうはそうでもなかったのかな…。」
「…なら、傷心中の弟くんにはクレープをご馳走してやろう。なんでも頼んでいいんだぞ。」
「え、いいの?ありがとう…。じゃあ、デラックストッピングでお願いします…。」
姉さんは頭を掻きながら公園を後にした。
「ちゃんと食べようとしてやがる。人の金で…。」
私の学校への足取りは重かった。フった本人がどの口でと思うけど、ちゃんと好きだったのに振らなきゃいけないことほど辛い失恋は無い。今も私の心の大部分を占める啓示くんの思いはごっそりと抜け落ちたようで抜け落ちていない。紙に火を付けたように、抜け落ちてもわずかに残る火から再び燃え上がるように、好きの気持ちが無くならない。本当にどうかしちゃってるよ。
でも、私がこんなことをしなくちゃならなくなったのにはれっきとした理由がある。2週間前に遡る。家族で団欒していたとき、急に父が改まって私にこう言った。
「引越しをするんだ。もう家は決まってある。唐突で申し訳ないけれど、荷物をまとめておくれ。15日後にここを発つ。」
その言葉を聞いた瞬間、頭によぎったのは啓示くんとの別れだった。嫌だ嫌だ。離れたくない。私は心ここにあらずで父の話を半分しか頭に入れられなかった。
「あっ、与田さん。おはよう。」
「おはよ…。」
だからこそ、幼いながらも私は決断したんだ。このままつかず離れず遠距離で啓示くんと恋愛をするよりも、破局してしまう方が特に彼のためになる。新しい恋を見つけて欲しいと願って、私はこっぴどく脈絡も無く振ってしまうことに決めたのだ。あれだけ理不尽な理由付けなら、啓示くんも私のことが嫌いになるだろうと高を括っていたんだ。
「明日には引越すんだよね?与田さん。」
「そうなの。」
「寂しいなあ。引越ししても友達だからね!連絡しようね!」
「…うん、そうだね。」
この学校できた友達全員には報告し終えた。けど、啓示くんにはまだ…きっともう…いや、言おう。今から。
「元気なさそうだけど、大丈夫?」
「うん、ちょっとね…私、今から啓示くんのところ行ってくるね!」
「うん、行ってらっしゃーい。」
私は競歩みたいな歩き方で教室を出る。言わなきゃ。言わなきゃ。私の気持ちも、これから起こることも。貴方が好きだと、でも引っ越すんだと。逸る気持ちが私の足を前へ前へ押し遣る。でも、周りに勘づかれるのはちょっと恥ずかしいな。
「青春ってやつかな。きっとそうだ。」
長い長い廊下を抜けて、教室についた。少し上がった息整えて、教室の扉をガララと開ける。居ないかも?私は近くに居た女子の先輩に声をかけることにした。
「あ、あの。けい…近藤先輩はいらっしゃいますか?」
「んー?近藤くん?今日は来てないねー。」
啓示くんがここに居ないのは、私のせいだ。いや、もしかしたらその思考すらも傲慢なのかもしれないとも思えてきた。私は最後のチャンスを失った気がした。きっとチャットももう使えないはずだし…
「そう、ですか。ありがとうございます。」
「なんか用事ある感じー?私が伝えとこっか?」
「いえ、結構です。ありがとうございました。」
泣きそうになりながらグッと堪えて教室をあとにする。きっと最も泣きたいのは私なんかじゃないから、これは最低限守るべきこと。
私は、あの選択をしてしまったことを今更になって強く後悔している。そうして、私は毎日必ず彼の教室を訪れたけど、一度も姿を見ることは叶わない。喪失感と焦燥感は日に日に増していった。
「今日は近藤先輩来てますか?」
「んにゃ、来てないよー。」
「今日こそ、来てますか!?」
「懲りずによく来るねー。今日もだよ。さすがに私も心配だよ。」
「はあ…そうですか…。」
「不憫だから、私も手伝うよ。」
彼の教室に行くと、いつも居る女のクラスメイトは私に見かねて手伝うよう言ってくれた。
「え、いいんでしょうか。」
藁にも縋りたい思いが他人を巻き込む。この提案を呑んでしまえば、私と近藤さんだけの問題ではなくなってしまう。でも、それでも私はどうしてももう一度会って、あの時の後悔を撤回したい。
「チャットしとくねー。学校に一度来てみって送ったらいいかな?」
「はい!ありがとうございます!」
この人が繋いでくれた最後のチャンス、絶対にものにしなくちゃ。