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掲示板の前に立ってカーネが色々な掲示物に目を通す。ララはカーネの肩に乗り、一緒にそれを見上げた。

「本当だ。演奏会の案内が多いね」

『でしょウ?貴族のご令嬢が社会奉仕の一環で開くものが多いからかもしれないワ。城下町とその周辺地区は治安も良いから、安心して市民も招待出来るしネ』

ララの言う通り、主催者名には貴族っぽい名前が並んでいる。演奏会以外にも朗読会や寸劇、刺繍や絵画の展示会の案内などは並ぶが、望むような求人広告はあまりなかった。

「ん?——あ、こっちは住み込みでの使用人募集もあるね」

隅っこの方に貼られている広告を発見し、カーネが膝を少し折って顔を近づける。すると突然、「その広告は無視した方が良いですよ」と穏やかな声が聞こえてきた。

「……そう、なんですか?」

カーネが声のする方へ視線をやると、急に目の前にブワッと大量の花弁が彼女の視界を埋め尽くし、すっと一瞬にして消えた。声の主を眼鏡越しに見たせいで起きた現象である事をカーネは瞬時に理解はしたが、それでも量の多さのせいで驚きを隠せない。

瞬きを数回し、改めて声のした方を見上げる。するとそこには身長の高い男性が一人、優しそうな笑みを浮かべて立っていた。眼鏡越しなせいで彼の全身から薔薇にも似た赤い色が溢れており、全身全霊でカーネに対して好意的である事を主張している。


(え、何で?怖い……)


初対面のはずなのに、いきなり過度なまでの好意に染まった色を背負い、フラワーシャワーを浴びせてきた相手なんて正直恐怖の対象でしかない。ララも喜んだ時は背後に花を咲かせてはいたが、彼の花弁の量はその時の比ではなかった。

「その用紙はすっかり日に焼けてしまっているでしょう?そういう一年中貼りっぱなしになっているような募集先は十中八九碌な職場じゃありません。すぐに人が辞めてしまうから、常に人を募集し続けているんですよ」と言い、募集の紙をトントンッと男性が指で叩く。

そう話す彼は黒い髪色の前髪がとても長く、目元がすっかり隠れている。なのに眼鏡までしているせいで髪がとっても邪魔そうだ。腰までもある細長い後ろ髪をひとまとめに結んでいて、少し動くだけで尻尾の様に揺れる姿はちょっと黒猫みたいな印象だ。オーバーサイズの白いシャツを着ているが、スラリとした筋肉質のスタイルまでは隠し切れていなかった。

「なるほど。勉強になります」

軽く頷き、カーネが改めて掲示物を見ると、紙がもう日で焼けているのはどれも屋敷の使用人募集のものばかりだった。

「初月給の千三百クランっていう賃金も、この辺の相場と比べると随分安いですね。制服支給の住み込みなんで衣食住の代金がかからないにしても、これは流石に安過ぎます。家事全般を担うという仕事の大変さに見合ってはいないですよ」


(そうなんだ。詳しい人の話は参考になるから助かるな)


よし、住み込みの仕事であろうが、ここに貼ってある募集にだけは連絡しないでおこうとカーネは心に決めた。

「その様子だと、住み込みでの仕事を探しているんですか?」

「え、えっと……」

好意的な感情を持っている相手なので警戒の必要は無いだろうが、どこまで話していいのかで迷う。困って肩に乗っているララに視線をやると、彼女は『この方に危険性はないわネ』と微笑むばかりで特に助言はしてくれなかった。

「そう、ですね。今は住む場所も無いので」

「そうなんですか。じゃあ、この国へは来たばかりで?——あ、えっと、この辺ではお目に掛かった事がないので、そうなのかな?と。不慣れな感じもありますし」

何故国外から来たと思ったのかをきちんと教えてくれる。慌てて言葉を追加する姿がちょっと可愛らしい。

「あ、えっと……(ずっと国内には居たけど、屋敷の外を知らないなら似たようなもの、かな?)——は、はい」と答え、カーネがおずおずとしながらもそっと頷いた。

「なるほど。それで、今日は宿を」

「はい、そんな感じです」

「じゃあ、仕事の当ては——此処を覗いていたんですから、特に無いですよね。すみません、バカな質問でした」

「いいえ、それは別に……」と答えて背筋を正す。中腰の状態からきちんと立っても、隣の彼は相変わらず『随分と大きい人だな』という印象のままだった。


「……住み込みの使用人で仕事を探していたのなら、家の雑務は出来るって事ですよね?」


「まぁ、はい。生活魔法が使えますし、掃除も少しは」

「生活魔法ですか!それは頼もしいですね。なら、僕の元で働きませんか?」

彼はパンッと軽く手を叩くと、良い事を思い付いたみたいにそう言った。

「そうだ、それがいいですよ。僕は丁度人を探していましたし、貴女は仕事を探している。あ、でも、それだといまいち不安だと言うのなら、セレネ公爵家で住み込みの仕事を紹介する事も出来ますよ。あの屋敷は紹介状が無くても働けるのは有名な話ですが、紹介状があると初任給の額がぐんっと上がるらしいので」

「いいえ!——それは、結構です……」

最初は大声だったのに、語尾に行く程段々声が小さくなっていく。この体では絶対に会いたくなくてセレネ公爵から逃げたのに、その逃げた相手の名前がこうも度々出てくると、彼とはどんな因縁があるのやらとカーネは思った。


「じゃあ、僕の元で働いてくれるんですね?やった!あ、もちろん住む場所もご用意しますよ!」


そう言って、彼はカーネの小さな両手を取ってギュッと握り、またブワッと背後に見事な花を咲かせた。今回は赤ではなく青い花だったが、見事なまでのヒヤシンスだった。

「え、えっと、それは……」

そんな意味で言った訳ではないのに勘違いされてしまった。また困って、カーネが自分の肩に乗るララに視線をやる。すると彼女は内心、強引に持っていったわねと思いつつも、『流れに任せるといいワ』と眠そうな顔をしながら言った。


(ん⁉︎眠くて、テキトウに流された気がする!)


自分でこの状況に対応せねばならず、カーネが焦りに焦る。

「でも、あの……知らない人をいきなり頼る訳には……」

視線をそっと逸らし、カーネはやんわりと断った。すると彼はみるみる落ち込んだ様子になり、しゅんっと肩を落とした。どうも『知らない人』と言われた事が悲しかった様だ。

その姿がどう見ても捨てられた子犬の様に見えてしょうがない。ただ彼は身長がかなり高いので、この場合は『大型犬』という注意書きをした方が良さそうである。


「あ、すみません。自己紹介が遅れましたね。僕の名前はシス。この近所でシェアハウスの管理人をしています」


知らぬのなら、知ってもらえばいいと彼は即座に気持ちを切り替えたみたいだ。

『シス』と名乗った青年は自分の胸に手を当て、軽く会釈をした。苗字がないので平民なのだろうが、その所作には隠しきれない上品さがある。

「仕事の詳細をお話ししますから、まずは夕食を食べませんか?」と言い、シスがカーネの背中を押してカウンター席に戻る様に促す。その時、シスとララが互いに口元だけに笑みを浮かべて目配せをしたのだが、その事にカーネは気が付いてはいなかった。

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