「お前が高校を出てから全然会わなくなったからな、六年……いや七年ぶりか。この辺りに住んでるのか? 」
雅人の声で現実に引き戻される。
そう、しっかりしなければ。
初恋に踊らされた自分はもういない。恋に夢見る自分もいない。
いるのは、毎日のルーティーンに疲れ果てた二十五歳のつまらない女。
いまさら、何になれるわけでもない退屈な大人。
「……ここがどこかわからないから答えようがないけど」
相変わらずツンツン答える優奈のことは気にならないのだろうか。穏やかに雅人は話し続けている。
「ああ、ここは俺の家だ。お前はあの店で倒れたんだが……少し吐いた後、気持ちよさそうに寝息を立てていたから」
「え!」
「アルコール中毒の類ではない様子だったし、ここに運んだ。勝手に悪かったな」
「いえ……ごめんなさい、あの吐いたって」
優奈は恐る恐る聞いた。
あのシックでオシャレなお店で、吐いただなんて。
ビクついている優奈に気がついたのだろうか。まるで安心させるかのようにニコリと満面の笑みを作る。そして、ゆっくりと優しい声が続いた。
「大丈夫だ、店は汚してないぞ。少しだけ俺のコートに」
(コート!? いやダメ無理最悪……!!)
飛び出る勢いで目を見開いた。
「も、申し訳ありません……く、クリーニング代を」
言いながら恐々と雅人が身につけている衣類を確認する。ネイビーのスーツ……値段はいかほどか。知識も興味も特にない優奈になわかるはずもなく。
「何言ってるんだ、そんなもの必要ない。そうだ、医者も呼んで診せたけど飲み過ぎと過労、あとは栄養失調だと言われた」
ずっと穏やかだった雅人の口調に、ここで初めて変化が訪れた。
ベッドの上で起き上がっている状態の優奈を上から下まで眺めるようにジッと見て、思い詰めたような重苦しい声。
「飲み過ぎは……まぁやめて欲しいが仕方ない。優奈にも色々あるだろうからな。それよりも、どうした? 今お前は何をしてるんだ、飯はちゃんと食ってるのか? 痩せたんじゃないか? 驚くほど軽くて」
(軽くてって、……抱えられたのか)
情けないにも程がある。
もう関わるまいと決めた相手に助けられるなんて。コートを汚すなんて。
家に運んで介抱までしてもらうなんて。
「……ちゃんと仕事してるよ、あなたと違って小さな小さな家族経営の会社だけどね」
にも、かかわらず、棘のある言い方をしてしまった。
しかし今の優奈には、どんな態度を取ればいいのかがわからない。一番会いたくないタイミングで一番会いたくない人に会ってしまったから。
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