玄関に荷物を置いたタクは、すぐに出て行った。
「横になるか?」
あの夜、最後に座っていたソファーに私を下ろすと、羅依はクッションを隅にセットし私の頭をその上に置く。
介護されているようだけれど、体に力が入らない。
今だったら……松葉杖も無理だと思う。
「…聞きたいこと……いっぱいなのに…」
「俺は才花の側にいる。いつでも聞けるだろ?」
「元気出ない…」
「睡眠も食事も足りなきゃそうなる。待ってろ」
頬をそっと撫でた羅依が見えなくなると、私は目を閉じた。
ケガ…ダンス無理………痛い…ダンス無理…レッスンできない…体動かない……手術…無理…しーちゃん…ごめん…お母さん……ダンス続けられないの…やだっ……お父さん…見たことないけど…………あんなにお金いっぱいもらったのに…終わった…イギリス……警察…何なの…………
「才花」
呼ばれた時には……羅依の腕の中にいた。
「なんて顔してんだよ…泣いて喚いて誰かを罵って、また泣いて…それが出来りゃいいのにな…」
しばらく私の頭を撫でてから
「ん」
と私を自分の膝の上に座らせた羅依は
「もう飲めるだろ。飲め」
私にマグカップを持たせる。
「ホットミルク?シナモン…?」
「シナモン苦手か?」
「ううん。シナモンがあることに驚き」
「普通に使う」
「私も。漢方薬や生薬としても用いられるスパイスの女王」
「それは知らねぇ」
「羅依に勝った…いただきます」
羅依に睨み付けられながらも、ゆっくりとマグカップに口をつける。
「あ…うん、おいし。ありがと、羅依」
「いつでも作ってやる」
「うん。ここに私がいると…女の人を呼べないんじゃない?」
ホットミルクを飲みながら、動き始めた頭に思いついた順に質問を開始する。
「ああ…ごめんなさい。応えづらいよね。自分の部屋に戻っ…」
「才花は俺のことを何も知らないからな」
「…どういうこと?何も知らないけど…香さんが知っていたのは、有名人だから?」
「かもな」
「羅依だって私のことを知らないでしょ?」
「知ってる」
「知ってる?」
「俺好み」
「それ…あの夜にも聞いたけど…口癖?」
「才花限定」
「…分かる説明をして」
「才花にしか言わない」
「………分かる自己紹介をして」
ソファーに伸ばしたままの私の左足を撫でながら、羅依がフッと表情を緩めた。
レアショット…いやいや、初ショット…そう思いながら、私はホットミルクを飲み干す。
羅依はじっと私を見つめるだけで、自分から話してくれないようだ。
「カフェで何度も何度も見ていたんだから、あの夜…私のことは分かってた?私は分からなかったの。サングラスがないだけなら分かったかな…」
「カフェでも俺好みだからな、分かった」
「でた…口癖」
「才花限定」
「年齢、職業、その他の自己紹介して」
チュッ…
「はっ?…意味わかんない」
チュッ…
「羅依、ふざけてる?」
「口癖と言われないように真面目に態度で表した」
「…俺好み、の代わりにデコちゅう?」
チュッ…
「はっきり話すところが俺好み。それに照れが混じって極上」
「話が進まないって。何歳?私は22」
「29」
「仕事は?私は…知ってるよね?」
「カフェ、何年になる?」
「4年」
「そうか。俺、3年近く通ってんな…たぶん……」
コメント
2件
才花限定と言いながらデコちゅうする羅依を妄想するだけで溶ける🫠🖤 才花ちゃんもテレが混じって極上だよ〜✨ 羅依はたまたま才花ちゃんを見かけたのかな?それからずっとカフェに通って遠くから見つめてたんだね。アクションを起こそうとは思わなかったのかな? でも事故にあったこと知ったから病院に来たんだよね?どこまで、どうやって才花ちゃんのこと調べてたんだろ…そのあたりも気になる!
3年か‥ それだけ羅依は、才花をみていたんだね