「ここからは少し離れてるよね?私、ここの場所がはっきり分かってないんだけど…」
あの夜は、真っ暗な中を緊張したまま送って来られたので、道順があやふやだし、今日は寝ていたから不確かだ。
でも夜も方向は分かっていたから、ここが私の生活圏内でないことは何となく分かる。
「Scenic Gem」
「Scenic Gem?アミューズメントダンスクラブの?」
「そうだな」
「それが?…羅依のクラブ?」
「そうだ」
「ヒュ~ッ、スッゴクいいクラブだよね。二回だけ行ったことある」
思わず口笛を小さく吹いて体を起こす。
思い出したら動きたくなるけど…はぁ……スポッ…とまた羅依の腕にもたれた。
「あそこは元々、俺らがたまっていた普通のクラブだった」
「悪いことする人?」
「ただの意気がってたガキ」
「アハハッ…タクも?もれなく一緒?」
「そうだ」
羅依の仕事は、そのクラブ経営を20歳で引き継いでから始まったらしい。
そこを拠点に周りの店をうまく買い取ったり、売ったりを繰り返すうちにビジネスになると読んで、必要な資格を取ると、業者を介することなく自ら売買を始める。
意図的にScenic Gemが位置的に中心となる売買を繰り返し、今ではその周辺は自分のグループ会社ばかりらしい。
「Scenic Gemを、今の形にしたのが22の時。その頃からKingなんて勝手に呼ぶ奴がいるみたいだが…そう呼ぶ奴はロクな奴がいないと決まってる」
「Kingも羅依も知らなかったな」
「クラブで荒らしのようにガチ踊りする奴には、軽い噂や情報はいらねぇよな」
「…………」
マズイ…どこから私のことを知ってる?
「…ご迷惑おかけしてました…か……?」
「そう思うのか?」
「今の羅依からは…うん…」
「あの時は?」
「あの時…どっちのことか分からないけど……」
「二度、ガチで踊った自覚はあるんだな?」
「めちゃくちゃ楽しく…すみません、ステージ化してしまって…でも、照明とか変えてくれて歓迎されてるような空気を感じ…て……しまって…」
「結果?」
「もおっ…ごめんなさいってば。知ってるってことでしょ?何年も前のことをぐちゃぐちゃと怒らないで」
チュッ…
「なんで二度しか来なかった?」
はっ?
額へのキスも、質問もおかしい気がするけど?
「なんでだ」
「フロアが違うでしょ?大きな大会のあとに、スクールの友達と気分転換に行って楽しかったけど、ダンスシューズと相性が悪いの。あんな風に踊るためのフロアじゃないから当然よね。ヒールとかに耐性のある素材なんだろうね、って友達とは言ってたの。故障しそうだからもう行けないね、ってなったの………っていうか…羅依、ズルくない?」
「そうかもな」
「何のことか分かってる?」
「さあ?」
「適当に返事してるの?」
「いや。俺好みの才花を堪能中」
「……」
チュッ…
「…トイレ……」
「ん」
すぐに私を抱いたまま立ち上がった羅依は
「トイレに手すりとかいるか…」
と呟く。
「羅依。私のダンス、見たことあるんでしょ?」
「ある」
でしょうね…
「だったら手すりなんて必要ないって分かるでしょ?」
「右足一本で立ったり座ったり出来るってことか…だな」
「マシン、見たい。ズルい羅依には、遠慮なくワガママ言ってやる」
私のことをそれだけ知っていながら、あの夜、何も言わずにいた羅依はズルいと思う。
私の世界大会以上の緊張と、羅依の感覚は違い過ぎたでしょ?
少しくらい困らせてやる。
「俺好みの、どストライク…ここで煽るんだな、才花。いい女だ」
コメント
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出逢いは羅依のクラブScenic Gemだったとはっ!そりゃ才花ちゃん目立つわ〜✨ただ音に合わせて踊ってフウッフウッ言ってた私達とは違うもの。もしその場にいたらイェーイって才花ちゃん達を煽りまくったと思う〜🤭 羅依ももれなくついてくるタクと一緒に勉強してここまできたんだね。だから才花ちゃんの努力を理解できるし、煽ってくる才花ちゃんがどストライクの俺好みなんだね✨そりゃあいい女だよ〜👍 でもまだまだナゾの男、藤堂羅依で才花ちゃんも言ってるけど、あの夜羅依は初めから知ってたのはなぜだろ… そそ、シナモン入りのホットミルクを作る羅依にギャップ萌えした〜💘