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乱れた衣類を二人で整えてソファーに寄り添って座った。
「なあ、律。俺と一緒になろう」
衝撃的な言い出しに律は瞬きを繰り返した。
「えっ? でも…そんなことできるの? どうするの?」
「マイホームも建ったばかりで普通に離婚するのは無理や。だから……駆け落ちしよう」
「かけ…おち……」
彼女の声が震える。予想以上に衝撃的なことを伝えたから無理もないだろう。
「気づかれてない今のうちがいいと思う。決断は早い方がいい」
俺の言葉に震えて青ざめている彼女の肩を、大丈夫、とさすった。
「明日、確かサファイアは大阪で生収録があって、夜の長い間旦那は家にいないはずや。決行するなら明日がチャンスやと思う」
「で・…でも、そんな急に……」
「このままズルズル関係を続けるのも無理があるし、いつか、誰かに見つかると思う。俺はもうお前を旦那から取り返したい。律はもともと白斗(おれ)だけが好きやったのに、横から勝手にかっさらって行きながら、律を大事に愛してやらずに、結果こんな悲しい関係になってしまったのは旦那にも責任がある。律だけが悪いわけじゃない」
彼女を迷わせないように、しっかりと俺のことも伝えてやろう。
「逃避行のその前に俺の話をしてやるよ。RBの解散、どうして俺が大栄で働くことになったか、その元凶になったことのすべてを」
「えっ、解、散の……話」
「ああ。まずは…剣と俺が幼馴染ってとこから話すか」
律が息を呑んだ。
「俺の母親が早くに自殺したから、幼少期からなにかとと曰くつきでさ。両親は一応名の知れた有名人だったから、親がいないことはみんな知ってて。同級生から嫌がらせをされたり、輪に入れてもらえないことが多かった。今思えばいじり程度のものでも、俺の人間不信が形成される十分な材料になったと思う。ただ、剣だけは俺をまともに扱ってくれた。小学生の時、俺が友人と呼べるのは剣だけやったから」
「そうだったの。剣は誰にでも優しそうだもんね」
人のよさそうな彼の顔を思い出した。穏やかな海のように広くすべての者を許容してくれるような優しさを秘めた眼差し。泥臭い俺とはまったく対照的な男だった。だからこそ均等が取れて一緒にいてもお互い苦痛じゃなかったのかもしれない。まったくタイプの違う同志だったから。
RBの時は長く伸ばした色素の薄い髪を金色に染めていた。にも関わらずさらさらとしたストレートの髪は絹が流れるように美しい。優しい眦(まなじり)が少し下がった瞳に鼻筋はつんと高く、漫画の王子様キャラクターのようで、よくファンからは「剣様」とか「王子様」と呼ばれていた。
彼はほんとうに繊細な男だった。
「剣は子供の時からなにかと俺を気にかけてくれて、自宅に招待してくれて、家にあるピアノを弾かせてくれてさ」
「そうだったんだ」
「俺の母親はジャズボーカリストで、父親はジャズピアニストだった。そんな二人の間に産まれたから、音楽が常に身近にある家やった。剣はそれを知っていたし、彼の両親も俺のことを受け入れてくれたから、嫌な顔せずに俺がピアノを弾きに来ても家に上げてくれた。嫌なことがある度に、剣の家に上がり込んでひたすら歌ってピアノを弾いてた」
律は黙って俺の話に耳を傾けている。
「母親が自殺してからは、そのショックで父親は一日中ピアノの前に座って、ブツブツ言うようになってしまってな。俺の両親は二人共繊細な人間やったし、周りの好奇な視線にも耐えきれずに、鬱から廃人みたいになって、俺が高校生の時に、病気こじらせてあっけなく死んでしまってさ」
言葉にするとなにかの物語みたいな話に思えた。まるで他人の話を淡々と語っているような気になった。